40話 パーティーですわ
パーティー会場を後にしたところだった。
夜風が少し冷たくて、外の空気にほっと息をついたその瞬間。
「ヒカル」
背後から、ヒールの音を鋭く響かせて綺麗な女の人が近づいてきた。
ドレスの光沢が街灯に反射して、妙にギラついて見える。
「ねぇ、私よりを戻したいの。
そんなちんちくりんな女より私のほうが満足させられるわ。」
おう、カオス。
ディスられた。
ぺったんこですみませんね?!
だけどヒカルさんは淡々としている。
まるで、ただの通行人に話しかけられたかのような無関心さ。
「もう、君とは終わってるよ。
帰るからそこどいて。」
声の温度が変わらない。
怒りも焦りもなく、ただ事実を述べるだけの調子。
「な、なんなのよ!!
ほんと嫌な男!冷たい!!
だから、あんたはただの掃除屋なんてくだらない仕事して!ほんとダサい!」
そう言い放った瞬間、
ヒカルさんの顔がわずかに苛立ちで歪む。
普段ほとんど表情を変えない人だから、その変化は逆に目立った。
「やめてください!
ヒカルさんは、優しいです!
あと、掃除の仕事はすごいんですよ!バカにしないでください!
汚いところがヒカルさんの手にかかると魔法がかかったように綺麗になるんです!!
何も知らないのに、そんな酷いこと言わないでください!」
気づけば前に出ていた。
胸がドキドキして、声が震えているのが自分でもわかる。
「なによ!この女!」
手が振り上げられた。
あ、ビンタされる。
そう思った瞬間——
ヒカルさんが、ばっとその手首をつかむ。
動きは速いのに、表情は冷静そのもの。
「いい加減にして。
はっきりいうけどさ、
性格の悪さが顔に出てて、心が汚い。
僕綺麗好きだから。
君とは合わないよ。」
淡々と、容赦なく、事実だけを突きつける声。
元カノの顔が一瞬で真っ赤になった。
「な、な、な、なによ!!もう!」
ふんっと言って、ヒールを鳴らしながら去っていった。
中々強烈な元カノだ。
嵐のように来て、嵐のように去っていった。
そして、会場の外に停まっていたタクシーに乗り込んだ。
ドアが閉まると、外のざわめきがふっと遠ざかる。
夜の空気はひんやりしていて、さっきまでの熱気が嘘みたいだった。車内の柔らかいルームライトが、赤いドレスの裾をほんのり照らす。
「ヒカルさんって、女の人の趣味悪くないですか?」
レイさんのこと言えないよなー。
「あれはお見合いで勧められて、仕方なくね。」
肩をすくめる。
「でも、あんな突き放す言い方しなくてもいいのに。」
「どうして?
変に期待させても仕方ないでしょ?」
そう言って窓の外を見る。
「ふーん、ヒカルさんって意外と優しいですよね。」
そういうと、ヒカルさんは、窓の景色をみるその表情は変わらない。いつもの落ち着き。
「そんなこと初めていわれたな。
優しそうだと思ったのに冷たいとかはよく言われるけどね。」
淡々と返す声は、まるで事務連絡のようだ。
さっきの元カノの言葉が頭をよぎる。
「だって、ヌメリー先輩が引きこもったときも迎えいって掃除までしてあげて。」
「それは僕が管理してる部屋だからね。
汚くされ過ぎても困るし。」
本当に“管理”の一言で片づけるつもりらしい。
「レイさんが失恋したときも、わざと仕事増やして、考えないようにしてあげて。」
「ただ仕事が多かっただけだよ。」
視線は窓の外のまま。
言い訳というより、事実を述べているだけの調子。
「それに、シュウさんがニコチン切れになるまえに様子見て休憩するし、吸わないくせに自分の部屋のベランダに灰皿置いてあるし。」
「ただ僕も休憩したいだけ。
灰皿は、たまたまだよ。」
“たまたま”で灰皿を置く人間がどれだけいるのか。
でもヒカルさんは本気でそう言っているように見える。
「それに、スイマクリさんの研究室だって、随分快適そうだし。」
「それは、必要な設備を用意しているだけ。」
必要最低限、という言葉が似合う声だ。
「弟のユウキの学費も肩代わりしてくれて、参考書まで譲ってあげてた。」
「もう使わないし、僕は優秀な人材が好きなだけだよ。」
淡々。
本当に淡々。
情をにじませる気配が一切ないのに、内容だけはどう考えても優しい。
「ふーん。」
わざとらしく言うと、ヒカルさんはようやく顔をこちらに向けた。
冷静な目がこちらをまっすぐ射抜く。
「なに、その顔。」
「それでも、やっぱり優しいですよ。」
「ココロさんは、変わってるね。」
声色は変わらない。
ただ、否定も肯定もせず、淡々と“事実として”そう言う。
「そうですね、
私がこうしてご飯に困らずにいられてるのもヒカルさんのおかげですよ。」
「人手が欲しかっただけだよ。」
「まあ、そういうことにしておきましょう。」
ふっと笑うと、ヒカルさんはまた視線を外に戻した。
その横顔はさっきよりもほんの少しだけ柔らかいような気もするけど、照れも動揺も一切ない。
ただ、“優しさを自覚していないだけの人”という印象だけが、静かに残った。




