38話 パーティーですわ
「うーん……どうしようかな。」
ヒカルさんが、珍しく眉間にしわを寄せていた。
普段は飄々としている人だから、その表情だけで何かあると分かる。
「どうしたんですか?」
「いや、実はもうすぐパーティーがあってさ。」
「へぇー。」
そういえばこの人、伯爵家の次男だった。
“良いところの貴族”という肩書きは、こういう時に重くのしかかるのだろう。
「もうそんな時期〜?」
シュウさんが緩く笑う。
「そうなんだよね。」
「前回は私が同伴してパーティーに行ったのよね。」
脚を組むレイさん。
「え、そうなんですか?」
「うん。一人で行くと、お見合いばっかり勧められて疲れるから。」
そう言って肩をすくめるシュウさん。
ヒカルさんは苦笑いして、髪をかき上げた。
「行かないとダメなんですか?」
「一応、貴族の集まりだからね。欠席はできないんだよ。」
「そうですか。大変ですね。」
そう言った瞬間、ヒカルさんがじーっとこちらを見てきた。
その視線が妙に真剣で、思わず背筋が伸びる。
「ん?」
「ココロさん、僕とパーティー行ってくれない?」
ニコッと小首をかしげる。
その笑顔が反則級に柔らかい。
「む、むりです!! 私そんな教養もないですし、パーティーなんて行ったことないですよ!!」
慌てて手をブンブン振る。
心臓がバクバクして、顔が熱い。
「そこをなんとか。」
「いや、無理ですって!!」
「お給料も出すよ?」
その瞬間、思考がピタッと止まった。
(……お給料?いやいや、落ち着け私。
でも、でも……お給料……?
最近ちょっと新しいワンピースを買ったから厳しいんだよな。でも、絶対パーティーなんて大変だし、ヒカルさん怖そうだし。
でも…お給料……!)
「やります。」
反射的に口が動いていた。
「よし。」
ヒカルさんが満足げに微笑む。
その横で、レイさんが「ちょろいわねぇ」と小声で笑っていた。
それから、私はというと…
「顎ひいて、姿勢よく。」
「は、はい。」
ヒカルさんはなぜか軍隊の教官みたいな顔をしている。
「下向かない、胸張って。」
「は、はい。」
(胸張れって言われても……!
胸なんてないんですけど!?)
「大きい口で食べないで。
小さくしてから口に入れる。」
「は、はい。」
ヒカルさんは腕を組んで、じっと私のフォークの動きを見ている。
その視線が鋭すぎて、食事というより審査会。
「口に入ったまま絶対しゃべらない。汚い。」
「は、はい。」
(言い方ァ!!
もっとこう……優しく……!
いや、正しいけど! 正しいけども!!)
姿勢、食事マナー、礼儀、挨拶の仕方。
次々と飛んでくる指導は、もはや弾幕。
(まって、スパルタすぎる……
これほんとに“パーティーに行くだけ”のはずだよね?
なんで私、王宮マナー講座みたいなの受けてるの……?)
「あの、」
「なに?」
「いえ。」
(今さら辞めたいなんて言えない……!!
お給料……お給料のために……!
でも心折れそう……!)
「きつい……」
思わず漏れた本音に、ヒカルさんは目を丸くして、
「何言ってるの?まだ序の口だよ。」
と爽やかに言った。
(序の口!?今のが!?嘘でしょ!?)
むしろ掃除よりきつい。
いや、掃除のほうがまだ優しい。
「つ、つかれたー。」
ヒカルさんから解放されてごろっとソファに項垂れる。
「お疲れー。」
レイさんが爪を磨きながら、気だるげに声をかけてきた。
「レイさんは前回ヒカルさんと一緒に行ったんですよね?
大丈夫でした? 礼儀作法とか。」
「あー、私は一応ね。
一時期婚活もしてたから、礼儀とかはひと通りやってるのよ。」
(婚活……!経験値の差が……!)
「それでお相手は…?」
「いたら働いてないわよ?
悠々自適な暮らしをしてるわよ?わざと、わざとなの!?」
ぐわっと目を見開かれる。
「す、すみません。」
「でも、大変よ〜。ヒカル、あの見た目でしょ?
隣に女がいても、隙あらば言い寄られてたもん。」
「えっ……」
「もう私はいや。
良い男探そうにも、パートナーとして来てるから見つけられないしさー。」
「そうですか……」
(え、そんな修羅場みたいな場所に私行くの……?
しかも今のスパルタ訓練を乗り越えて……!?)
「ココロちゃん、お疲れ様〜。ヒカルくん、スパルタだよねー。」
ふふっと笑いながらシュウさんがやってきた。
「はい、中々……」
(“中々”どころじゃない。あれはもうスパルタの化身。)
「あ、そうだ。一応アドバイス。」
「え?」
レイさんが近づき、コソコソと耳打ちしてくる。
「あんまりしつこく聞かれたら、これやりなさい。」
なるほど……って、そんな裏技あるの?
「あ、それなら目線を逸らしたあとに、少し上目使いでね。こうだよ。」
シュウさんが可愛らしくポーズをとる。
なんか……プロの動きだ。
「べ、勉強になります!」
「当日は私がヘアメイクしてあげる。
あ、ドレスあったかな? ちょっと探すから今日おいでよ。」
「本当ですか! やったー! レイさん家楽しみ!!」
◇
そして仕事終わり、レイさんの家へ向かう。
「てっきり……寮に住んでるのかと思いました。」
「あー、クローゼット狭いからねー。
でも他の人達はみんな寮に住んでるわよ?
ヒカルの所有してる寮だから家賃も安いしね。」
「非常にありがたいです。」
(ヒカルさんのおかげでかなり安い金額でキレイな部屋に住まわせていただいてる。感謝しかない…)
「上がって。」
「お邪魔しまーす。」
中に入ると、綺麗に整頓されていた。
美容グッズがずらりと並んでいて、まるで小さなサロン。
「わあー、キッチンもキレイですね!
さすが油落とし上手!」
「あー、私キッチン使わないから、ほとんど。」
「え?!」
「料理しないの。火も使わない。汚れるのいやだから。」
サラッと言い切る。
「え? 普段何食べてるんですか!?」
「うーん、火を使わないサラダとかパンとか……あと外食。」
「な、なるほど。」
(潔い……!
ここまで徹底してると逆に尊敬する……)
レイさんはクローゼットを開け、服を引っ張り出していく。
「すごい、服!!」
びっしりと並んだ服は、色も形もバリエーション豊富で圧巻。
「えっと、ドレスドレス……あった。これどう?」
合わせられた瞬間。
「脚短いわね。」
「レイさんが長いんですよ!!」
「じゃあこれ。」
「胸元がさみしいです。」
ずるりとドレスが落ちそうになるのを手で押さえる。
「これじゃあ落ちちゃうわね。露出狂だわ。」
「やめてくださいよ。」
レイさんは「うーん」と言いながら次々と漁っていく。
「あ、あったあった!」
「わあ、ピッタリです!」
「それ、私が子供の時に着てたやつだわ。
良かった〜捨てなくて。」
え? 複雑。
でも赤いドレスは本当にぴったりだった。
「あとは……靴も。これはいてみて。」
「はい。」
「あらいいわね。可愛い可愛い。
でもこれだとヒカルがロリコン扱いになるから、化粧でどうにかいけるか。」
ロリコンって……一応18歳なんですけどね!
いや、でも確かにヒカルさんの隣に立つと、子供感すごい……




