36話 トイレのハナゾノさん
「ほら、そこ真面目にやれー。」
「はーい。」
レイさんにならって、私もゴシゴシとタイルを擦る。
すると――
掃除していた個室の扉が、バタンと勢いよく閉まった。
え。
「ちょっと!閉めないでくださいよ〜!」
慌てて取っ手を引くが――
あ、あかない!?
「ま、まって!! 閉じ込められました!!!」
「ありゃま。」
レイさんが肩をすくめる。
「穢れのおでましだね〜。」
シュウさんは、なぜか楽しそう。
「ちょっとなんでそんな呑気なんですか!!」
私は必死に扉を叩く。
どんどんどん!!
「ココロ〜大丈夫ですかー?」
ふわりと現れたわたあめ。
「なんか、閉じ込められた!!」
「大変ですね〜あ、なんか文字でてきましたよー」
すごい他人事のようにいうな。
いや、穢れごと?人ではないもんな?
すると、壁にじわりと文字が浮かび上がった。
『赤いカミ? 青いカミ?』
まてまてまて。
「ど、ど、どっち選べばいいんですか!?」
「とりあえず赤?」
「うーん、青でもいいわよ?」
「待ってくださいよ! どっち選んでもダメなんですよね!?」
「大丈夫大丈夫〜。」
シュウさんの緩い声。
「まあ、どうにかなるわよ。」
レイさんまで軽い。
た、頼りにならねぇ。大人たちだ!
「もう、どうにでもなれ!!」
私は赤い方をブラシで指した。
その瞬間――
壁と床、便器の縁まで、
赤いシミがばーっと広がった。
え、赤!?
と思った次の瞬間、個室の扉がガチャッと開いた。
「あ、ドアあいた!」
「これって……。」
「赤カビだね。」
「赤…カビ?」
シュウさんが、掃除ブラシを持ったまま説明を始める。
「トイレの赤カビは“ロドトルラ”っていう酵母菌の一種で、カビの仲間だよ。
繁殖するスピードが速くて、湿気の多い場所――とくに便器の縁、水面、タンク内が好きなんだよね〜。
こすれば落ちるけど、再発しやすいの。」
「じゃあどうするんですか!?」
「White Erasure Fluid――“白滅の浄剤” (はくめつのじょうざい)を使うよ〜!」
なんだその中二病みたいな液体は。
「私がそのカビに薬剤撃ち込むから、ココロはそれを擦って!」
レイさんが銃のようなものを構える。
「ココロちゃん、銃の扱い下手だからね〜。
ちなみにこれは Mold Eraser Gun だよ。白滅の浄剤が入ってまーす。」
事実ですけどね!?
「丁寧な説明ありがとうございます!!」
一個も頭に入らないけどね!
「はーい。じゃあ、いくよー。」
シュウさんの声で、レイさんも動き出す。
レイさんの命中率は化け物じみている。
全部ピンポイントで撃ち抜いていく。
す、すごすぎる。
私はその後ろで必死にゴシゴシと擦る。
そしてシュウさんは――
まさかの二刀流。
片手で銃、もう片手でブラシ。
“シュウしてゴシゴシ”の高速連携。
「すごい!!」
「よし、落ちたわね。」
レイさんが息をつく。
「待って…また壁に…。
青カビ? と黄カビ?」
「青カビ選ぶよ〜。」
シュウさんがブラシで青を指す。
すると、またもや青カビがトイレ全体にぶわっと広がった。
「うわああああ!!」
みんなで手分けして落とし、
ようやくキレイになったと思ったら――
また壁に文字。
『つぎは……?』
「これ永遠に続きませんよね?」
「いや、どうかしら?」
レイさんも困惑している。
「はあーやってられねー。」
あ、やさぐれヤンキーが出てきた。
まずい、シュウさんのメンタルが削れてきてる。
「と、とにかく擦るしかないですか!?」
「もう無理よ!!」
三人でわちゃわちゃしていると――
「大変そうだね〜。」
その声が、扉の向こうからふわっと聞こえた。
「わあ、す、す、すごいですね。」
「ひ、ヒカルさん! ヌメリー先輩も!!」
頼れる大人が来た!!
「これ、どうしたらいいのー?」
「まじ、ほんと無理だわー。」
シュウさんが限界を迎えている。
ヒカルさんはトイレを見渡し、
「うーん、これかな。」
と言って、銀色の小さな装置を置いた。
「なんです?これ?」
「Silver Ion Fogger。
“銀浄の霧器”だよ。」
またややこしい名前だな。
「銀イオンを含んだ微細な霧を空間に放出して、
トイレ全体をまるごと包み込んで浄化する装置だよ。
壁・床・便器・空気中の菌やカビに行き渡って、
消臭・除菌・防カビの効果を発揮する優れ物。」
説明が妙に本格的だ。
「はい、みんなマスクつけてね。」
ひょいっとマスクを渡され、装着。
「スイッチオン。」
――ふしゅーーーー!!!
銀色の霧が一気に広がり、
トイレは一瞬で真っ白な世界に包まれた。
視界はゼロ。
でも――
「か、かびーーー!!」
カビの苦しそうな奇声(?)だけが響く。
霧の中で、何かがじゅわっと溶けていくような音がした。




