33話 ヌメリー先輩引きこもる
その後、私たちは黙々とゴミを片付け続け、
床が見えるまでに部屋はすっかり綺麗になった。
……が。
だが…気配がする。
Gだか穢れだか、
どこかに息を潜めている“何か”の気配。
空気がぴりっと張りつめる。
「あの、ヒカルさん。」
「うん、ちょっと待ってね。」
ヒカルさんは落ち着いた動作で荷物を漁り、
金属の筒のようなものを取り出した。
「それは…?」
「G Kill Mist、G滅殺霧だよ。
広範囲に霧を撒いて、一瞬で動きを止めるタイプ。
速い相手には、銃よりこっちのほうが確実だね。」
「す、すごい!」
「銃の扱いが下手なココロさんでも、噴射タイプならいけるでしょ。」
サラッと刺してくる。
じ、事実だけども!言い方!
「はい、これ持って。
マスクもつけてね。」
「はーい!」
「シズクは…排水溝のヌメリに夢中だからほっとくかな。」
ほっとくのかい!
でも、ゴシゴシ磨いてるからまあいいか。全く。
ヒカルさんは人差し指を構え、息を整える。
「迷いし穢れよ、姿を現せ。」
その瞬間——
カサカサカサカサ。
動き出した。
Gなのか…G……。
「あれ…思ってたのと違うんですけど。」
そこにいたのは——
赤、黄色、緑のカラフルな人形グミ。
ちょこちょこ動いていて、見た目は可愛いのに動きが完全にG。
「油断しちゃだめだよ。」
ヒカルさんの声が背後から飛ぶ。
そして——
カサカサカサカサカサカサ!!
「まって!!めちゃくちゃはやいじゃないですか!!
しかも動きがGに似てる。いやだ!!」
「ほら、ジーキルミスト構えて。」
「は、はい!!」
シューッ!
霧が広がり、かかったグミはピタッと止まり、
じゅわっと溶けていく。
おう、効果抜群。
すると、グミたちがカサカサと寄り集まり、
みるみるうちに合体していく。
赤が胴体、黄色が脚、緑が頭部へと吸い込まれ——
巨大なGの形になった。
しかも触覚までゆらゆら揺れている。
「き、きも!!!むり!!!」
「ココロさん集中して。
逆にまとまってるからやりやすいよ。」
「は、はい!!!」
巨大Gがこちらに向かってカサカサと突進してくる。
やめろ!!
その動きリアルすぎる!!
「ジーキルミスト構えて!」
「は、はい!!」
私は震える手で噴射器を構え、
巨大Gに向けて——
シューーーーーッ!!
霧が広がり、巨大Gの動きがピタッと止まる。
そして——
じゅわぁぁぁ……と溶けていった。
やった…。焦った。
とりあえず見えてるものは…もういない。
「ヒカルさん、これで全部ですか!?」
「いや、まだだ。
どこかに“本体”がいる。」
ヒカルさんの声が低くなる。
その瞬間、部屋の隅で——
カサ……カサ……カサカサカサカサッ!!!
「ひっ!!」
床下から、さっきよりも濃い影が這い出してきた。
赤・黄・緑のグミたちが、
まるで意思を持つように再び集まり始める。
「ま、まって!?
さっき倒したじゃないですか!!」
「分裂型だね。
本体が残ってる限り、何度でも再生するよ。」
ヒカルさんは落ち着いている。
逆に怖い。
グミたちは床を這い、壁を駆け上がり、
天井で合体し始めた。
そして——
ドンッ!!
天井から落ちてきたのは、
さっきの倍以上のサイズの巨大G。
触覚がゆらゆら揺れ、
グミなのに光沢がリアルすぎる。
「きんも!きも!むりむり!!!」
「ココロさん大丈夫。もう一回倒すよ。」
「は、はい!!!」
巨大Gがこちらに向かって突進してくる。
カサカサカサカサカサカサッ!!!
「いやああああああああああああ!!!」
「ジーキルミストMAXに変えて、構えて!」
「は、はい!!」
私は震える手でノズルをMAXに変更、噴射器を構え、
巨大Gに向けて——
シューーーーーッ!!
霧が巨大Gを包み込み、
その動きがピタッと止まる。
そして——
じゅわぁぁぁぁ……
とろけて床に広がっていく。
「……終わった?」
「うん、これで本体も消えた。
よく頑張ったね、ココロさん。」
ヒカルさんが優しく笑う。
「これで本当に終わりですよね?」
私はまだ噴射器を握ったまま、
部屋の隅々まで目を凝らす。
巨大G(グミ合体体)を倒したとはいえ、あの“動き”が脳裏に焼き付いて離れない。
「うーん、でも、まだ“何か”が残ってる気がするんだよね。」
ヒカルさんが静かに部屋を見渡す。その目は穢れの気配を探る時の、いつもの鋭い光を帯びていた。
「え!?まだいるんですか!?」
勘弁してほしい。
あんなの二度と見たくない。
すると——
ふわりん。
「ココロ〜困りごとー?」
わたあめが、ふわりと現れた。
「わたあめ!
実はGを探してるんだけど、まだいるみたいなの。
わかる??」
「G?穢れのことですかー?」
「そう!」
「お待ちくださいね〜。」
ふわふわと漂いながら、
部屋の空気を舐めるように探っていく。
「あ、見つけました!あっちです!」
指さした先には——
「クッション??」
ただのクッション。ふわふわの、よくあるやつ。
……のはずなのに。私はそっと手を伸ばす。
その瞬間。
しゅたっ。
「ヌ、ヌメリー先輩!?」
さっきまで排水溝のヌメリと格闘してたよね!?
なんでそんな忍者みたいな動きできるの!?
ヌメリー先輩はクッションを抱きしめ、
背中を丸めてこちらを睨むように見上げてきた。
「そこどいてください!
穢れ…Gがいるんですよ!!」
「だ、だ、だめです。
このクッションは大事なものなので。
その噴射器がかかったら…こ、こ、こ、まります。」
「いや、クッションなら洗いましょうよ!」
そう言うと、ヌメリー先輩は必死に首を振る。
「それでも…だ、だめなんです。」
……困った。
私は深呼吸して、
できるだけ優しい声で問いかける。
「ヌメリー先輩。
そのクッションにどんな想いがあるんですか?」
ヌメリー先輩は、
ぎゅっとクッションを抱きしめたまま震えながら言った。
「こ、これは……ひ、ヒカルくんです!」
「え?」
ヒカルさんが目を丸くする。
ま、まさか。
ヌメリー先輩がそっとクッションをひっくり返す。
そこには——
ヒカルさんの顔写真が、
丁寧にラミネートされて貼られていた。
「ふふふふ。」
ヌメリー先輩の口元がゆっくりと歪む。
まさかの写真印刷。
ヒカルさんが、静かに歩き出した。
その足取りは落ち着いていて、
“もう迷いはない” という雰囲気が背中から伝わってくる。
「あ、あの。ヒカルくん!」
ヌメリー先輩が慌ててクッションを抱えたまま立ちふさがる。
その目は必死で、涙目になっている。
だが——
ヒカルさんは一切ためらわず、
ヌメリー先輩からクッションを取り上げて、肩を ぐっと押し横にどかした。
「ひゃっ……!」
ヌメリー先輩は軽く転がるようにソファの端へ。
その隙にヒカルさんは、
全てのクッションに向かって容赦なく噴射した。
シューーーーーッ!!
霧がクッションを包み、
隠れていた最後のGが飛び出す間もなく溶けて消えた。
……容赦なさすぎる。
そして、噴射器を下ろしたヒカルさんは
にっこりと優しい笑顔を向けた。
「シズク。
これはダメ。やめてね?」
「え!でも!」
「やめてね?」
声は優しいのに、背後に黒いオーラが見える気がする。
有無を言わせない圧。
「は、はい。」
ヌメリー先輩は小さく縮こまり、
しゅんと肩を落とした。
Gも消え、穢れも消え、
部屋はすっきり綺麗になった。
……が。
部屋の端っこで、
ヌメリー先輩が体育座りでしょぼくれている。
「ヒ、ヒカルくんが……。」
クッションに貼ってあった写真は、
ヒカルさんが無言で丸めてゴミ袋に放り込んだ。
まあ、そうなるよね。
私はそっとヌメリー先輩に近づき、
手に持っていたものを差し出した。
「ヌメリー先輩。
よかったらこれどうぞ。」
「こ、こ、これは?」
「アメフラシの嘆きです。
厄除けになるみたいです。」
「そ、そ、そうなんですね。」
「実はこれ、みんなでお揃いなんですよ。」
私は自分のアメフラシを見せる。
すると——
「お、お揃い……。」
ヌメリー先輩の目がぱぁっと明るくなる。
「はい。」
「う、う、うれしいです。
仕事の作業着以外でお揃いなの……
は、は、はじめてです。」
アメフラシを胸に抱きしめ、
嬉しそうに頬ずりするヌメリー先輩。
よかった……
なんとか立ち直れたみたい。
それを見て、ヒカルさんも
ほっとしたように肩をすくめた。
とりあえず……
病みからも復活できたのかな。
「じゃあ僕たちは帰るから、また明日ね。」
そうヒカルさんが微笑むと、
「は、はい。ご、ご、ご迷惑おかけしました。」
頭を下げた。
ふーっ、とりあえず良かった良かった。




