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伯爵家をクビになった元メイドは、穢れを掃除する異常清掃会社で働きます  作者: 舞響


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30/47

30話 レイさん暴走中


「救急車来ないですね……すぐ来るって言ってたのに。」


玄関で待っていたが、

サイレンの音は一向に聞こえない。


「……どうしたのかしら。」


レイさんが眉をひそめた、その時。


スマホが鳴り、救急隊からの連絡。


『すみません、タイヤがパンクしてしまって……

別の救急車を手配しています……』


「ちっ。

待ってらんないわね。」


レイさんのこめかみがピキッと跳ねた。


「お腹……痛い……」


奥さんが丸まって苦しそうに息を吐く。


「だ、大丈夫ですか!?」


私は必死に背中をさする。


旦那(浮気相手)はというと——


「ど、ど、どどうすれば!!」


完全にパニック。

おい、ちゃんとしろ。ちゃんと。


レイさんが立ち上がり、指を突きつけた。


「車出すわよ。

おい、そこの旦那!車貸しなさい!」


「は、はい!!」


旦那はビクッと敬礼して走る。


「横に乗って、病院までの道案内しな!」


「え、えっと……!」


「オロオロするな。

奥さんが頑張ってるんだから、あんたも頑張れよ?なあ。」


圧がすごい。

旦那の魂が抜けかけてる。


「は、はい……!」


そして、慌てて車に乗り込む。


「ちゃんと掴まってねー!」


そう言った瞬間——


レイさんの暴走車が発進した。


キュルルルルルッ!!


「れ、レイさん!!

安全運転!安全運転してくださいよー!!」


「大丈夫よ。

安全安全。」


いや、絶対大丈夫じゃない。

車体が揺れすぎてる。


旦那はというと——


「そこ右です!!うっ……」


顔真っ青で口を押さえている。


頼むから吐かないで……!!


「奥さん大丈夫ですか!?」


「痛い!!」


奥さんはそれどころではない。

私は必死に背中をさすり続ける。


車内はもうカオス。

叫び声、揺れ、焦り、涙。


恐ろしすぎる。


事故らないか、心臓がずっとヒヤヒヤしていた。


そして——


無事に病院に着いた。


レイさんの運転技術、

ある意味すごい。



「こっちですよ!」


看護師さんたちが車椅子を押しながら奥さんを連れていく。

旦那は入口でオロオロしている。


「旦那さんもこちらで付き添ってください!」


「いや、あの、俺は……いいです。

ちょっと血が苦手で。」


は?

お前が何を言ってるんだ。


その瞬間、レイさんがスッと旦那の前に立った。


空気が変わった。

温度が下がった気がした。


「お前な。ふざけんなよ。」


低い声。

廊下の空気がピキッと張りつめる。


「奥さんが必死にお腹の中で命育ててるのに、お前はなんだ。

遊び歩いてるんじゃねーよ。」


旦那の肩がビクッと跳ねる。


「父親の覚悟もてや。ああん!?」


レイさんの怒号が響く。


「必死で背中さすれ!

手を握れ!

励ませ!」


旦那は完全に固まっている。


「それを今やらなければ、

お前は一生恨まれるからな。

やれ。今すぐ付き添え。

そして、私と奥さんに土下座しろ。」


レイさん、完全に鬼。

いや、鬼より怖い。


首根っこを掴まれた旦那は、

目を白黒させながら震えている。


レイさん、死んじゃう。

旦那さん、死んじゃうよ。

ほうむらないで、頼むから。


「す、す、すみませんでしたぁぁ!!」


旦那はスライディング土下座をかまし、

そのまま転がるように奥さんのあとを追いかけていった。


そして——


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


小さな産声が病院に響いた。


少し小さくて入院は必要らしいけど、

赤ちゃんは元気そうだ。

奥さんも無事だった。


胸がじんわり温かくなる。



「あの、本当にありがとうございました……!」


奥さんが涙を浮かべて深く頭を下げる。


レイさんは優しく微笑んだ。


「いえ、大丈夫ですよ。

またお掃除のことで何かあったらご連絡ください。」


その笑顔に、奥さんはまた泣きそうになる。


「ありがとうございました……!

ほんとに、ちゃんとします!」


号泣する旦那に、レイさんは容赦ない。


「当たり前だろ。

ビシッと働け。育児しろ。」


旦那は「はいぃぃ……!」と泣きながら頷く。


そして私たちは病院を後にした。



そして、その日から。


「あーやってらんないわ。なんでいつもこうなのよ。」


レイさんはボサボサ頭にメガネ、

完全に“仕事モード”で油汚れをゴシゴシ落としていた。


「でもレイさん、めちゃくちゃかっこよかったですよ!」


あの迷いのない動き、判断力、あの場の空気を一瞬で掌握した姿。

本当に惚れ惚れした。


「そんなことないわよ。

それにしたって……失恋したのに……なんでこんな油汚れ多いのよ!!

ヒカル!あいつ!もっと私に優しくしろ!

仕事が多い!!」


キレ散らかしてる。

でも、なんか元気そうで安心した。


「まあでも、手を動かしてるほうが気が紛れません!?

いらない男は、油汚れと一緒に綺麗にしましょうよ。」


「……まあ、それもそうね。」


レイさんはゴシゴシと力強く磨き、

キッチンはどんどんピカピカになっていく。


そのたびに、レイさんの表情も少しずつ落ち着いていく。


「レイさんの魅力に気づいてくれる人、きっといますよ!」


「そうかしら?」


「だってレイさん、見た目美人だから!大丈夫ですって。」


励ましたつもりが——


「ねぇ、それ中身は?性格悪いってこと!?」


「え、いやいやいや、そんなことないですよ!

お、男らしくて、あの旦那さん完全にビビってましたよね。

かっこよかったです!」


私はぐーっと親指を立てる。


レイさんは盛大にため息をついた。


「はあああああ……」


でも、そのため息は

さっきまでの怒りや悲しみとは違っていた。


どこか、前に進もうとしている人の息だった。


キッチンが光を取り戻すように、

レイさんの心にも、少しずつ光が戻っていく。


今日もまた、私たちは油汚れと一緒に、

いらないものをひとつずつ落としていくのだった。



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