28話 レイさん修羅場中
スッ、とレイさんが立ち上がった。
その動きは静かで、逆に怖い。
そこへ——
ふわりん。
「お疲れ様です〜修羅場ってました?大丈夫ですか〜?」
わたあめが、空気を読まずにふわりと登場した。
やめろ!!
火に油を注ぐな!!
今はマジで危険地帯なんだよ!!
「あああん?」
レイさんの眼力がギラッと光る。
「ひぃっ。」
わたあめは即座に私の背中に隠れた。
(いや、私を盾にするな!!)
「わたあめ。今はだめだよ。めっ。」
「す、すみません……
でも、あの……気付いていないようでしたので……お伝えしようかと……」
「え?なに?」
「ああん?」
レイさんの声が低い。
こわい。
わたあめがぷるぷる震えてる。
「あ、あの……け、穢れの気配があります〜……」
「え?ほんと!?わたあめ?」
「嘘言ったんじゃないわよね?」
レイさんの圧がすごい。
わたあめがビクッと跳ねた。
「ほ、ほんとです……!
あの、こ、コンロです!!」
わたあめがぷるぷるしながら指をさす。
レイさんと私は同時にコンロを見る。
「あれ……確かに。
よく擦って落としたのに……さっきより多くなってません??」
焦げが、じわじわと黒く広がっている。
「ほんとだ。
くそ……あの男のせいだ!」
「え!?なんでですか?」
レイさんは怒りで髪が逆立ちそうな勢いで言う。
「言ってたでしょ?
奥さんも“浮気してるかも”って疑念を抱いてたって。
その負の感情が焦げつきと混ざって“穢れ”になりかけてたのよ。
そしてさらに!!
私への酷い裏切り!!
それが引き金になって、穢れが完成したのよ!!」
「え、えーーー!!
それ発動させたのレイさんじゃあ……」
「違うわよ!!
あのクソ男だろ!!
それより出るわよ、穢れ!!」
コンロの焦げが、じゅわじゅわと泡立ち始める。
「え、えー!どうします?!」
「とりあえず
Yojō Protection Barrier
養生結界を張るわよ!!」
「あ、ヒカルさんが前言ってたやつですね!!」
掃除のとき、汚れが飛ばないようにまず“守る準備”をするっといっていた。
「ヒカルみたいに全体を覆うほど上手くはいかないけど、
簡易的なものなら私達でもいけるから。」
レイさんが札を持ちながら説明する。
「いい?ココロ。
この札は“順番”が大事なの。
時計回りにぐるっと回ったときに、文字が
養 → 生 → 結 → 界
って読めるように貼らないと、結界が繋がらないのよ。」
レイさんは指で空中に円を描きながら続ける。
「まず扉に“養”。
そこから右に進んで、部屋の右上に“生”。
さらに右回りで右下に“結”。
最後に左下に“界”。
こうして一周したときに“養生結界”になるように貼るの。」
私は慌てて札を持ち直す。
「あ、なるほど……!
右回りに読めるように、文字を並べるってことですね!」
「そう!
逆に貼ると成り立たないなからね!」
「はい!」
レイさんと私は大慌てで四隅に札を貼る。
「それからこれで一周テープを貼るの!
扉と四隅の札を経由して全体を囲むように!」
「は、はい!!」
びーーっとテープを引っ張りながら貼っていく。
「で、できました!」
「よし、間に合った。」
その瞬間——
コンロから飛び散った黒い焦げが、
結界にぶつかって べちょっ と跳ね返った。
結界の膜が淡く光り、汚れを弾き返す。
す、すごい……
これが養生結界……!
レイさんが息を吐く。
「……よし。
ここからが本番よ。」
「はい、ココロはこれ持って。」
レイさんが、薄い金属のヘラのようなものを私に渡してきた。
「なんですか?これ?」
「Burn Scraper Blade——焦断刃よ。
頑固な焦げを削ぎ落とす専用の刃物。」
「な、なるほど。」
「さっき穢れがついたところ、これで削いでね。」
「これって、普段使うスクレーパーとは違うんですか!?」
「こんな時に勉強熱心ね!
前に使ってたのはプラスチック製で、キッチンパネルの油を削ぐやつ。
これは金属製で、焦げ専用。
場所によっては傷がつくから、ガスコンロとか鍋の底みたいな“硬い素材”に使うのよ。」
「丁寧な説明ありがとうございます!!
忘れそうなので、またメモさせてください!」
「なら、いま聞くな!!」
レイさんの怒鳴り声を背中に受けつつ、
私はべちゃっと張りついた穢れ焦げを慎重に削いでいく。
ザリッ……ザリッ……
なんか、取れると気持ちいい。
「よし、だいぶ減ったかしら。」
「はい!
あれ、これなんですかね?」
削った焦げが、ウニョウニョと動き出し、
黒い影が形をつくり始めた。
人影——?
女の人と男の人がラブラブしている。
そのあと、男の人が別の女の人のお腹を撫でている。
そして、別の女の人が発狂している。
……これ、レイさんのこと?
すると——
「ふざけやがって!!
穢れのくせに私を馬鹿にしてるのね!!」
レイさんがヘラを振り回そうとする。
「落ち着いてください!
取り乱したらこの穢れの思う壺ですよ!!」
(え、穢れってこんな煽り性能あったっけ……?)
と思いながらも、レイさんは発狂寸前。
なんてデジャブ。
「ふー……落ち着け。落ち着くのよ、私……」
「えらい、えらいです!」
「よし……。」
レイさんは深呼吸し、ゴソゴソと荷物を漁る。
「それは?」
「これは……どうせ言っても覚えられないでしょうけど、
Burn Dissolver Gel——焦滅融解の魔膠。
焦げの穢れを溶かすやつよ!」
「まこう!?
なんか強そう!!」
レイさんは怪しいジェルを、
ウニョウニョ動く人影に向かってぶちまけた。
しかし——
「きいてないですよね?」
「これからよ。
ほら、これ持って。」
「何ですか?」
「あの焦げの穢れを包むわよ。」
レイさんと一緒に、養生結界の残りのテープを使って
ウニョウニョ動く穢れをぐるぐる包み込む。
「なんで包むんですか!?」
私は必死に押さえながら叫ぶ。
「穢れに密着させるのよ!
あとは乾燥と液だれ防止!!」
「なるほど!!
あの……これいつまで抑えるんですか!?」
「3分よ!!」
「え!?そんなに!?」
「本来キッチンで使うときはもっと時間置くのよ!
でもこれは穢れ専用の超強力タイプ!
それでも最低3分は必要なの!!」
「そうなんですか!?」
「絶対それから手を離さないでよ!!」
「は、はい!!」
レイさんが鋭い目で叫ぶ。
「おい!そこの綿埃!!」
「は、はいっ!」
わたあめがビクッと震える。
「あんたも必死に抑えなさい!!」
レイさんに睨まれ、
わたあめは「ひぃっ」と言いながら
小さな手で必死に穢れを押さえた。




