27話 レイさん熱愛中
そして別日——。
結局、レイさんに何も言えないまま、数日が過ぎてしまった。
今日こそは言う。
今日こそは絶対に言う。
(じゃないと私の胃が死ぬ。)
そう意気込んでいた矢先。
「ここのキッチンの掃除をお願いします。」
奥さんが柔らかく微笑む。
「かしこまりました。」
「は、はい。」
……まてまてまてまて。
この人……レイさんの“恋人(仮)”の奥さんだよ!!!
この前、街で一緒に歩いてた妊婦さんだよ!!!
なんでここにいるの!?
なんで依頼してくるの!?
なんでよりによって今日なの!?
心臓がドクンと跳ねる。
「それにしても、お腹辛くないですか?大丈夫ですか?」
レイさんが、いつもの優しい笑顔で話しかける。
「ええ、少し張りますけど大丈夫です。」
そう言って、妊婦さんはお腹を撫でた。
その仕草があまりにも穏やかで、胸がぎゅっと痛む。
(いやいやいやいや……
その旦那、あなたの旦那、レイさんと浮気中なんですよ……!)
言えない。
でも言わなきゃ。
でも言えない。
胃が痛い。
「では、私達はキッチンの掃除をさせていただきますので、ゆっくりしててください。」
「ええ、ありがとうございます。」
妊婦さんはゆっくりと腰掛ける。
その姿がまた、なんかもう……罪悪感を刺激してくる。
これ……大丈夫かな……。
「あ、あの、レイさん。」
「なに?ココロ?」
「あ、いえ、また後ででいいです。」
「そう?じゃあ始めるわよ。」
「は、はい。」
(言えなかった……!)
掃除を始めると、思ったより油汚れが少ない。
「結構綺麗に使われてますね。」
レイさんが感心したように言う。
すると妊婦さんが、少し照れたように笑った。
「あ、そうですか?
つわりのときに料理できなくて……そしたら主人が、私に気を遣ってなのか……よく外で食べてくるようになって。」
「優しい旦那さんですね。」
レイさんが微笑む。
いやいやいやいやいや。
その“外で食べてる”の、あなたとですよレイさん。
優しさじゃなくて浮気の言い訳ですよ。
あああああああああ。
「そんなことないんですよ……
多分主人、他に女がいるんですよ。」
「ごふっげほげほっ!」
盛大にむせた。
「ちょっとココロ、汚いわね。」
「す、すみません。」
(当たってるぅぅぅぅ!!
正解すぎて逆に怖い!!)
「なんでそう思われるんですか?」
レイさんが何気なく聞く。
妊婦さんは、少し寂しそうに笑った。
「ほら、男の人って……ちょっと後ろめたいことあると、優しくなるの。
花買ってきてみたり、ケーキ買ってきたり。
なんか……怪しいのよね。
この子もできるから、ちゃんとしてほしいのに。」
そう言って、お腹をそっと撫でる。
ほんとにね!!
ほんとですよ!!
(心の中で全力同意)
「確か、それは怪しいですね。」
レイさんが笑う。
いや、あなたですよ!!
浮気相手はあなたですよレイさん!!!
胃が……胃がキリキリする……。
ガチャ。
玄関の扉が開く音がした瞬間、妊婦さんがぱっと顔を上げた。
「あら、主人かしら?」
えーー!!
え!!
ダメ!!
絶対ダメ!!
今だけは来ちゃダメ!!!
私は反射的にレイさんの腕を掴んだ。
「れ、レイさん!後ろ向いてください!
そこの油もっと落としててください!」
「ちょっとココロ何言ってんのよ。
ご主人にも挨拶しなきゃでしょ。」
いやいやいやいやいや!!
挨拶どころじゃない!!
あなた浮気相手なんですよ!!
でもレイさんは普通に扉の方へ向き直る。
そして——
扉を開けて入ってきた男を見た瞬間。
「こんにちは、お掃除ご苦労様で……す。」
男が固まった。
レイさんも固まった。
私も固まった。
妊婦さんだけが無邪気に微笑む。
「あなた、おかえりなさい。
今キッチンのお掃除してもらってて。」
「へ、へえー。」
声が裏返ってる。
完全に動揺してる。
そりゃそうだ。
浮気相手と奥さんが同じ部屋にいるんだもん。
レイさんは、にっこり笑って言った。
「あ、どうも。は、はじめまして〜。
掃除終わったらゆーっくり説明しますので、お待ちくださいね〜。」
あ、これ完全にキレてる。
笑ってるけど、目が死んでる。
ピキピキ音が聞こえる。
「お、お、お願いし、しまーす。」
ご主人は逃げるようにそそくさと出て行った。
「あら、変なの。
私も少し奥で家事してきますね。」
奥さんは何も気づかず、のんびりと立ち上がる。
「わ、わかりました。」
「は、はい、ごゆっくり〜。」
私とレイさんは、引きつった笑顔を貼りつけたまま見送る。
そして奥さんが部屋を出た瞬間——
レイさんが膝から崩れ落ちた。
ガクン。
「れ、レイさん!!」
私は慌てて支える。
レイさんは両手で顔を覆い、震える声で叫んだ。
「よりによって……くそ、既婚者かよ。
ふざけんなよ。まじで。
しかも子供がもうすぐ産まれるのに……くそ。
あーーーーーー!!!」
声が部屋中に響く。
「レイさん落ち着いて。落ち着いてください。」
「ココロ……あんたこれが落ち着けると思う!!」
「いや、言いたいことはわかります。
なんてゴミ野郎だ!最低!!
180度の油で揚げてやりたい!!」
「唐揚げかよ!!
油もんは掃除が大変なのよ!くそ!!」
レイさんが頭を抱えて床に突っ伏す。
私は背中をさすりながら、ずっと胸に引っかかっていたことを言った。
「レイさん……実はこの前……見かけたんです。
あの夫婦。
早く伝えればよかった。」
「まじかー……。
だから挙動不審だったのね……。
あー、無理。しんどー……しんどすぎる。」
「れ、レイさーん!!」
私はレイさんを支えながら、深呼吸して言った。
「とりあえず仕事しましょう。
終わらないと一生この地獄から抜けれない。」
笑顔で言い切る。
レイさんは涙目で私を見上げた。
「……あんた、中々言うわね。」




