26話 レイさん熱愛中
ミガク ココロ、今日もキレイクリーンラボで元気に働いています。
だけど最近、どうにも気になることがある。
それは——
「あ、ココロ〜おはよう。」
朝のラボに入った瞬間、レイさんが振り返った。
いつもなら目が半分閉じてるのに、今日は朝日より眩しい笑顔。
髪もふわっと巻いてあって、香水までいつもより甘い。
キラキラ女子モード MAX。
頑固な油汚れを前にしても、鼻歌まじりでスポンジをくるくる回している。
……正直。
「気味が悪いです。」
「ココロちゃん…失礼だな〜」
シュウさんが、ニコニコ笑う。
「いや、だって。怖くないですか!?あんなに機嫌良いの!?」
「まあわかるけどね〜」
シュウさんは肩をすくめ続ける。
「この前、騎士団員と合コンしたって言ってたから、その一人と上手くいってるんじゃない?」
「へぇー、合コンですか!」
「ココロちゃんも興味ある〜?」
ニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「いや、ないですね。今は。仕事が一番なので。」
「わあ、すごいまじめ〜。」
「いや、不器用なのでそんな両方も頑張れないですよー。」
「えーまだ若いのに。」
「そういうシュウさんこそ…彼女います?」
「あー、無理無理。」
即答。
「俺、他人と一緒に住むのほんとーにストレスだから無理。」
まあ、そうでしょうね。
タバコ切らしたら一瞬で“やさぐれヤンキー”になる人と同棲なんて、こっちも願い下げだ。
「なんか、すごい失礼なこと思ってるでしょ〜?」
「お、お、思ってませんよ。決してやさぐれヤンキーと住むのはこっちも願い下げだなんて、決して思ってません。決して…。」
「ねぇー、ちゃんと隠して。心の声漏れてるよ〜。」
シュウさんが、笑ってるのに目だけ笑ってない“怖い笑顔”で見てくる。
「す、すみません。」
「で、で、でも、少し心配ですよね。」
ヌメリー先輩が、ぽそっと言った。
その声が妙に優しくて、思わず振り向く。
「ヌメリー先輩優しいですね、もしかしてレイさんにラブですか!」
「いや、それはないです。絶対。」
即答。しかもどもらず。
空気が一瞬だけ真空になった気がした。
「い、いつも…うまくいかなくなったあとが相当荒れるので…。」
そっちか。
「そうなんだよね〜」
シュウさんが苦笑する。
「レイちゃん美人なんだけど、男見る目ほんとーになくて。清々しいほどクズを見つけてくるんだよ。」
「へぇー。」
「この前は借金まみれの男だったよね?お金貸してーって。」
「それは嫌ですね。」
「そ、その前は…五股してる人でしたね。」
お、おう。
器用な人もいたもんだ。
「今回は何もないといいんだけどね〜。」
シュウさんが、ストローをくるくる回しながら言う。
その声は軽いのに、どこか“フラグ”の匂いしかしない。
「そ、そ、そうですね。」
ヌメリー先輩が曖昧に笑う。
その笑顔が、逆に不安を煽る。
なんか心配だな……。
◇
そして私は、レイさんと一緒に食堂のキッチン掃除へ向かった。
扉を開けた瞬間、油とスパイスの匂いが混ざった空気がふわっと押し寄せる。
その中でレイさんは、今日も太陽みたいにキラキラしていた。
「ご、ご機嫌ですね。」
「まあね〜今日、彼とデートなの。」
ふふっと、頬に手を当てて笑う。
その仕草が少女みたいで、逆に怖い。
「どんな人なんですか?」
「えー?気になる?」
「あ、話したくないなら別にいいです。」
「もっと食いつきなさいよ!」
レイさんがぐわっと距離を詰めてくる。
圧が強い。
香水の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「騎士団の人でね〜筋肉が逞しくて、話も上手なの〜。
私のこと一目惚れだってさ! きゃー。」
う、浮かれてるなー。
「そ、そうなんですね。」
「あ、写真みる〜?」
スマホを取り出して、画面をこちらに向ける。
黒髪の短髪で、イケメンだ。
「おー。なんかモテそうな人。」
「かっこいいでしょ〜?」
「あ、はい。」
そして掃除を始めた。
油汚れを落とす音、換気扇の低い唸り、遠くから聞こえる食堂のざわめき。
その中で、レイさんはずっと上機嫌で鼻歌を歌っている。
「とりあえずひと段落ね。
ココロ、ちょっと休憩しましょう。」
「はい!私、飲み物と軽食買ってきます。」
「ありがとう。これお金。」
「ありがとうございます!」
小銭を受け取り、外へ出る。
屋台の前は昼前で少し混んでいた。
焼きたてパンの匂い、スープの湯気、呼び込みの声。
その中でサンドイッチと飲み物を購入。
よしっ。
歩き出そうとした、その時——
ん?
んん??
視界の端に、見覚えのある横顔が入った。
「あれは…レイさんの写真に映っていた彼氏?」
髪型、顔の輪郭。
間違いない。
でも、その隣にいるのは——
彼女?
いや、待て。
お腹、大きい。
かなり大きい。
……妊婦さん!?
うそでしょ。
まさかの既婚者コース!?
私は目が良いし、さっき見た顔を忘れるほどアホではない。
だとしたら、これは完全にアウト。
真っ黒。
真っ黒の黒。
「これ…どう伝えるのよ……」
胃がきゅっと縮む。
悩みながら戻ると、レイさんがベンチで足をぶらぶらさせて待っていた。
「遅かったわね。」
「あ、ごめんなさい。これどうぞ。」
「ありがとう。」
二人で外のベンチに並んで食べる。
風が気持ちいいのに、私の心はざわざわして落ち着かない。
どうしたものか……
あむあむあむ。
サンドイッチは美味しい。
でも心は重い。
「さて、あともう少しやるわよ。」
「はい」
そして私たちは、何事もなかったかのように掃除を終わらせた。
でも、胸の奥のざわつきは消えない。




