25話 お風呂掃除はカビ退治
「よし、一通り擦り終えたかな。
一回流すよー」
ヒカルさんの声で、全員が一斉にシャワーを使って泡を流す。
白い泡が床を流れ、黒カビが消えていく。
……と思った、その時。
「ひ、ヒカルくん。あれなんですかね?」
ヌメリー先輩が震える指で壁を指した。
さっき洗ったばかりの壁に──
黒い斑点が、じわじわと浮き上がってくる。
いや、これ……
「矢印?」
壁に黒カビが → と矢印が見える。
「穢れか。」
ヒカルさんが低く告げる。
「あー、もう。めんどくさいことになった!」
レイさんが苛立ち、髪をかき上げる。
「俺もうヤニ切れそうなんだけど」
シュウさんはポケットからガムを取り出し、
ユウキが前渡していたやつを噛み始めた。
愛用してるのか。
ヒカルさんが人差し指を構える。
「みんな構えてね。」
空気がピンと張りつめる。
「迷いし穢れよ──姿を現せ。」
その瞬間、
壁の矢印が 増えた。
→ → ↓ → ↑ → ↓
「え……なにこれ!?」
「矢印の順番で落としていくよ!」
「は、はい!」
私は慌ててブラシを握りしめる。
わたあめも「がんばりまーす!」と手を振っている。
「そっちから!」
「は、は、はい!」
ヌメリー先輩が矢印の先をゴシゴシ擦る。
すると──
「きえた!」
「次はこっち。」
「はい!」
矢印の順番どおりに、みんなで次々と擦っていく。
よし、これで全部──
「あ、また出てきた!!」
さっき消したはずの壁に、
黒い点が“ぶくっ”と膨らんで、破裂するように矢印が増える。
→ → ↓ → ↑ →
さらに
→ → → → →
と、まるで壁が“呼吸”しているみたいにカビが湧き出す。
「こっちからねー」
「次こっち〜」
シュウさんがこすり、
「じゃあこっち私が!」
と私がブラシを構えた瞬間──
「ココロ!待って!矢印変わった!」
レイさんの慌てた声。
「え?」
擦ったあとで、矢印が ドクンッ と脈打ち、
倍に増えて最初からやり直し になった。
「な、なんだこれ!!!」
「間違えると永遠にループする仕組みだね。」
ヒカルさんは冷静。
「あー、いやだ。こんなめんどくさい。」
レイさんはイライラし始める。
「ほんとにね〜」
シュウさんのこめかみに怒りマーク。
あ、完全にヤニ切れだ。
壁のカビはさらに勢いを増し、
“矢印の形をした触手”みたいに伸びてくる。
にゅるっ……にゅるるる……
「ひっ……動いてるんですけど!?」
「穢れだからね。」
そういって、ヒカルさんは冷静に突っ込む。
「と、と、と、りあえず、、やるしかないです。」
ヌメリー先輩、えらい。
「さて、みんな気合い入れて。
真面目にやらないと、ずっとカビとここで暮らすようだよ。」
「「絶対いや!!」」
全員の声が揃う。
声をかけ合いながら矢印を追い、
ひとつずつ丁寧に落としていく。
よし、これで終わり──
「まだだ。」
ヒカルさんの声が響く。
「え?!」
「いや、でもあとどこよ!」
「まじでもう無理ー。カビと暮らすか。」
シュウさん、完全にやさぐれヤンキー化。
「う、うえでふ!」
ヌメリー先輩が指を上へ向ける。
天井。
そこには──
黒カビが“星座みたいに”広がり、
矢印がぐるぐる回転していた。
「ひぃぃぃぃ!!」
なんじゃあれは!
気持ち悪い!!
だけど、やらなければ!
「わたあめ!ふくらめる?!」
「やってみますー」
わたあめが大きく息を吸い、
もこもこっと膨らむ。
よし、これなら届く。
「ちょっとごめんね。」
私は勢いをつけてわたあめを踏み台にして天井へブラシを伸ばす。
「いっけー!!!」
ゴシゴシ!!
……あれ、落ちきらない!?
天井のカビが
“ギギギギ”と音を立てて形を変え、
矢印が私の手を避けるように逃げる。
「ココロさん。目を閉じて!」
「ぷしゅーーーー!」
ヒカルさんの白滅?えっと、カビ取りが泡状になって天井に広がる。
「もう一回こすって!!」
「はい!」
私はわたあめの上でぐるっと回転し、踏み込む。
そしてもう一度天井へブラシを伸ばす。
ゴシゴシ!!
「お、おちました!!!」
「ココロえらい!!」
レイさんの声が飛ぶ。
「あ、私も落ちます!」
「え、えーーー!」
みんながわらわらと私を支えようと集まり──
ぐしゃっ。
ヌメリー先輩、シュウさん、レイさんが
見事に重なって倒れた。
「お、おもいです。」
「つ、つぶれてる。ヤニがヤニが」
「はやくどいて。たのむから。」
「わあ、ありがとうございます。
お陰でお尻無事です。」
「それは良かった。」
ヒカルさんが笑う。
……おい、そこの腹黒。
支えてくれよ!!!
そして、ついに──
騎士団の大浴場の掃除を終えた。
カビも穢れもすっかり消え、
さっきまでの地獄が嘘みたいに、
広い浴場はピカピカに光っている。
「それにしても…なんで大浴場に穢れがいたんですかね?」
私が尋ねると、ヒカルさんが答える。
「騎士団って…普段過酷な任務も多いからね。
ストレスを抱えてるんだよ。
お風呂ってリラックスできるでしょ?
愚痴いったりさ。
それがカビとして穢れになって溜まっていったんだね。」
「なるほど。大変ですね。」
そして外に出ると、
「あー、すぅーすうー。うめぇ。」
白い煙が夕暮れに溶けていく。
さっきまで“やさぐれヤンキー”だった顔が、
少しずつ人間に戻っていくのが分かる。
「ヌメリがヌメリがき、き、き、綺麗になってしまった…」
ヌメリー先輩はしょんぼり。
今日いちばんテンション高かったもんな。
「それにしても、ココロよく頑張った。えらい。」
レイさんがぎゅっと頭を撫でてくれる。
「えへへ。」
嬉しい。
「本当よく頑張ったね。ありがとう。」
ヒカルさんも優しく微笑む。
そして──
「あ、ココロさんの良いところあった!」
「え?」
「諦めないで最後までがんばれるところ。」
そう言って、ヒカルさんが優しく笑う。
金髪がキラキラと夕暮れに光る。
「えへへ!!
嬉しいです!!
もっとがんばります!!」
私はビシッと手をあげる。
「単純ね。お子様は。」
レイさんが笑い、
「あー、肺がハイになってきた〜」
シュウさんはつまらない親父ギャグを言い、
「もっと、ヌメヌメしてたかった…」
ヌメリー先輩はもじもじし、
ヒカルさんは満足そうに微笑んでいる。
なんだかんだで、今日も充実してる。
キレイクリーンラボでの生活。
ちょっと大変で、すごく楽しいです。




