23話 弟 馴染む
そして、私たちはスイマクリさんの研究室へ向かった。
「スイマクリさんは、やばい。気をつけてね。」
「わかった。」
ユウキは素直に返事をし、私の後ろをおとなしくついてくる。
だが、研究室に近づくにつれ──
プシューッ!
手洗い、うがい場、熱風、冷風、消毒ミストの嵐。
あの30分の“浄化ロード”を通らなければならない。
普通の人間なら心折れるところだが、ユウキはというと、
「すごい、この設備どうなってるんだ? 配線は? 電力は?」
興味津々で機械を覗き込んでいる。
……見るところ違くない?
ようやく研究室の前に到着し、私は声を張る。
「やっとついたー! スイマクリさん入りまーす!」
「……何しにきた。」
扉の奥から低い声が返ってくる。
「あー。弟紹介しようと。週に何回か経理の仕事しにきます。」
「そうか……わかった。帰れ。」
「へーい。」
私はくるっと踵を返そうとした──その瞬間。
ユウキが、部屋の隅に置かれたホワイトボードをじっと見つめて近づいていく。
「ちょっと! ち、ちかいよ! スイマクリさんには半径二メートル近いちゃだめだよ!」
慌てて止める私を無視して、ユウキはさらっと言う。
「あの、この数字なんでこうなんですか? こっちの方がいいのでは?」
そして勝手にペンを取って書き足した。
何やっとんじゃーーい!!
消毒される! 消される!!
私は青ざめたが、スイマクリさんはゆっくりとこちらを向いた。
怒られる、怒られるよーー!!
……と思ったら。
「君、これがわかるのか。名前は?」
え?
あれ……思ってたのと違うぞ?
「ミガク ユウキです。」
「歳は?」
「15歳です」
「ふむ、学校は通ってるのか?」
「ベルベット校に通っています。ヒカルさんの計らいで奨学金を出していただけるとのことで、週に数回経理の仕事を手伝いにきてます。」
「そうか……ベルベット校。優秀だな。だがここは、こうすることで綺麗に成り立つ。」
スイマクリさんはさらりとペンを走らせ、数字を修正する。
「あ、なるほど。そういうことですか。じゃあ、こっちは?」
「うむ、これは──」
まって。
二人の距離、近くない!?
一メートル以内じゃない!?
というか、普通に会話始めちゃってるよ!
私はとりあえず近くの椅子に座ろうとしたが──
プシューッ!
冷たい消毒ミストを浴びせられた。
つめてぇ。
……まあ、座るけど。
それから30分。
1時間。
2時間。
私はとうとう限界がきた。
「まって、流石にもう帰っていい!?」
「あ、姉さん。」
「まだいたのか。」
二人が同時にこちらを見る。
おい!! なんで“そんな邪魔だな”みたいな顔してるのよ!
「俺はスイマクリ ソウジだ。ユウキ、いつでも来なさい。」
「はい、ありがとうございます。」
ユウキは深々と頭を下げる。
……まって。
もう仲良くなってない!?
なにその“弟子入り完了しました”みたいな空気!!
◇
そして…
仕事終わりラボで寛いでいると、レイさんが私の顔を見て言った。
「どしたの? フグみたいな顔して。」
「ユウキがユウキが! 冷たい!!」
「そう?」
「だって、ここにきても『姉さん。あ、俺ヒカルさんに聞くことあったんだ』っていなくなるし、別の日は『ごめん。ソウジさんのところいってくる』って!」
「あー。」
「全然構ってくれない! お姉ちゃんさみしい!!」
「あーはいはい。」
レイさんは私の頭をぽんぽんする。
雑ゥ!!
「でも、本当馴染むの早いわねー。あのヌメリーもどもらず話してるし、ヒカルも気に入ってるげだし、シュウもヤニ切れで暴れなくなってるし。」
「そうなんだよー。弟が優秀すぎる!」
そこへユウキが戻ってきた。
「あ、ユウキ。」
「はい。なんですか?」
レイさんがネイルボトルを二つ持って聞く。
「ねぇー、コーラルピンクとエメラルドグリーンどっちのネイルがいいと思う?」
「えー、ピンク……いやグリーンもいいなー。僕にはわからないです。」
ユウキは可愛らしく小首をかしげる。
その仕草が妙に板についている。
するとレイさんがため息をつき、
「あー、そういうのいいから。」
と言った瞬間、ユウキの表情が真顔になる。
「じゃあ、エメラルドグリーン。今日のレイさん顔色いいから、そっちのほうが赤い髪と映えます。」
「あら、ありがとう。」
レイさんは嬉しそうにエメラルドグリーンのボトルを手に取った。
……ちょっと待て。
「私だってエメラルドグリーンがいいって思ったもん!!」
「あーはいはい。」
「なんでレイさん私に聞いてくれないんですか!?」
「あー、大丈夫。大丈夫。」
大丈夫じゃない!!
レイさんひどい!!
私はレイさんの肩を揺らす。
「ちょ、ぬれないからあっちいけあっち!」
「うわーん、つめたーい!」
みんなひどい!!
なんで私だけ雑な扱いなのーーー!!
「はあああああ……」
「どうしたのココロさん?魂抜けてるよ?」
ヒカルさんがにっこり微笑む。
その笑顔が今日は妙にまぶしい。
「ユウキが……優秀すぎる……」
「そうだね。めちゃくちゃ優秀で助かってるよ。」
満足げに頷くヒカルさん。
「なんか不満でも?」
「不満じゃないです!弟が優秀なのは嬉しいです!誇りです!
でも!!私は!?私の良いところどこですか!?」
勢いよく詰め寄ると、ヒカルさんが物理的にのけぞる。
「え、えーっと……ココロさんは素直だよね。
あ、ユウキくんも素直だけど。」
「他には?」
「気遣いできるよね。……ユウキくんもすごいけど」
「他には?」
「頭が良いのはユウキくんだし。」
「わざと!?今のわざとですよね!?」
「ご、ごめんごめん!えーっと……元気!明るい!」
「他には!?」
「体力があって……元気!」
「元気2回言ったーーー!!」
「あっ……ほんとだ……」
ヒカルさん、苦笑い。
私、絶望。
「姉さんどうしたの?」
「ユウキ!!私の良いところってどこ!?」
勢いで抱きつくと、ユウキが落ち着いた動きで頭を撫でてくれる。
「姉さんはいつも頑張ってるよ。
毎日起きて、ご飯食べて、仕事して、いっぱい寝て。
えらいえらい。」
「ユウキ……」
「あ…それでいいんだ。」
ヒカルさんがポツリと呟く。
「できた弟ねー
ってか、その褒め方赤ちゃんに褒めるやつよね?」
「ほんとだねぇ〜」
「ユキくん、天才です。」
レイさん、シュウさん、ヌメリー先輩が口々に何か言っているが、
私の脳はユウキの“えらいえらい”で完全に停止した。




