21話 弟 参上
それから問題はさらに難易度を上げていった。
ヒカルさんが「これ」と指示した数字を、私はコロコロでひたすらキャッチする。
(これ、いつまで続くのよ!!)
タヌキの動きはどんどん速くなり、
ヌメリー先輩は震えながらミニ掃除機を構えるものの、
毛が舞い散りすぎて吸えない。
「ひ、ひぃ……む、むり……」
ヌメリー先輩、頑張って!!
さらに高難易度の問題が浮かび上がる。
(これもう無理では……?)
そう思っていたその時。
ガスマスクをつけたユウキが、
スタスタと黒板へ歩いていった。
チョークを手に取り──
サラサラサラッと数字を羅列し始める。
(なにあれ?)
まるで数学の魔術師。
書き終えると、ユウキはガスマスクを外し、
「その数式は無駄が多いよ。
こっちの方が効率いい。」
と、さらっと言った。
タヌキの動きがピタッと止まり、
毛で並べられていた数字が一気に崩れ落ちる。
「シズク、いまだよ!」
「はい!!」
ヌメリー先輩が掃除機で毛を吸い上げる。
タヌキも吸われる直前、
ふわりとこちらを見て──
サンキュー
と文字を残し、形が崩れた。
「お、終わったんですか……?」
「そうみたいだね。」
「よ、よ、よかったです……」
ヌメリー先輩はその場にへたり込む。
それよりも──ユウキ。
バッチリ見たよね!?
「あの、ユウキ……なにか見た?」
「うん。ハクビシンが問題出してた。」
タヌキじゃなかったの?
そして…
ヒカルさんの説明を聞き、
ユウキは顎に手を当て、真面目な顔で言った。
「つまり、汚れが溜まったり負の感情が溜まると、
それが穢れになって、掃除してもまた汚れる……と」
「そう。信じられないと思うけどね。」
ヒカルさんが肩をすくめて笑うと──
「いえ、信じます。」
「信じるの!?」
思わず私がツッコむ。
「実際この目で見たし、
世の中には解明できていないものがたくさんありますからね。」
「はあー……ちょ、素直だね。」
ヒカルさん、また“ちょろい”って言いかけたよね。
「正直、この仕事量なら以前の給料二倍と言われても納得できますね。
労働の対価としては相応かと思います。」
「は、はあ……」
「対価に見合った働き分の給料なら、僕も安心です。」
まじめか。
「なるほどね。
君は……良い子だね。ほんとに。」
ヒカルさんがニコニコ微笑む。
その笑顔、なんか怖いんだよなぁ……。
「それよりも……な、な、なんでキツネが暴れていたのでしょう」
ヌメリー先輩が震えながら言うと、
「え? タヌキじゃないの?」
「いや、アライグマでしょ。」
「ハクビシンかと。」
私、ヒカルさん、ユウキ。
三者三様の主張が飛び交い、
ヌメリー先輩はさらに身を縮ませる。
(結局なんだったの……?)
「でも、これでまた汚れることはなくなるから大丈夫だよ。」
ヒカルさんが笑うと──
「それなんですけど……
解決したこと、学校には黙っててもらえませんか?」
ユウキが手を挙げた。
「ここの自習室、気に入ってて。
いまは気味悪がって誰も使わないけど、
解決したらみんな使ってしまうので。」
ああ、なるほど。
独占したいのね。
「うん、ユウキくんがそう言うなら。
それと──今日見たことは誰にも言わないように。」
ヒカルさんが人差し指を立てる。
「はい、分かりました。」
ユウキは素直にうなずいた。
(ほんとちょろ……いや、素直で良い子だ)
とりあえず、一件落着かな。
◇
後日、ラボにて。
「学園長に聞いてみたんですけど……
あ、もちろん“見たこと”は話してないですよ。」
「うん?」
ヒカルさんがユウキを見る。
「学園長が数年前、畑を荒らしていたハクビシンの“ゴロ蔵”に手を焼いていたそうで。」
ゴロ蔵……?
「そこで勉強を教えて、問題に正解したらとうもろこしをあげるって言ったら、
問題を解けるようになったみたいで。」
「それはすごい。」
ヒカルさんが脚を組む。
(なにしてるの学園長……
てか、私はそのハクビシンより頭悪いってこと!?)
「それで、そのハクビシンが車に轢かれて……不運の死を遂げたそうです。」
「あ、そうだったんだ……」
少し可哀想。
「なるほどね。
それで穢れになって出ていたというわけだね。」
「みたいですね。
なので、お墓にとうもろこしをお供えするようにしました。」
まじめか。
「それは良いことだね。」
ヒカルさんがふっと笑う。
「ところで……ユウキくん、提案があるんだけど。」
「はい?」
「ベルベット校、学費高いでしょ?
正直、お姉さんの給料だけじゃ大変だと思うんだよね。」
「それは……はい。」
ユウキが身を縮ませる。
「だ、大丈夫だよ! 私頑張るから!」
私は慌てて立ち上がる。
すると──
「だから……君の学費、肩代わりさせてよ。」
「「え?」」
二人で同時に変な声が出た。
「奨学金ということで、働き始めたら返してもらえばいいし。
それと……君が良ければ経理の仕事を週に数回とか、好きな時に手伝ってくれたらバイト代も出すよ。」
「な、なんでそんなことしてくれるんですか?」
私が聞くと──
「ユウキくん、かなり優秀だからね。
アライグマ…じゃない、ハクビシンのゴロ蔵の問題を簡単に解いてたし。
正直、僕も君みたいな優秀な人材は逃したくない。」
ヒカルさんの目がキラリと光る。
(こ、怖い……完全にロックオンされてる……!)
「まあ、将来の投資ということで。
協力させてくれない?
お姉さんにも、あまり負担かけたくないんじゃない?」
そう言われ、ユウキは黙り込む。
「べ、べつに! 負担だなんて思ってないよ!
好きでやってるし!」
「それでも、姉さんはいつも我慢してるから。
新しい服や靴を買うのだって我慢してるでしょ?」
「べ、べつに……そんなこと……」
図星すぎて言い返せない。
すると──
「あの、ヒカルさん。よろしくお願いします。」
ユウキが深く頭を下げた。
「うん、こちらこそ。
期待してるよ、ユウキくん。」
ニヤリ。
(あ、これ完全に手駒にされる…
まずいのでは……)




