20話 弟 参上
弟が帰ったあと。
「ヒカルさん、すみません……ユウキが。」
私は頭を下げる。
「ううん、大丈夫だよ。
でも、さすが姉弟だね。」
ヒカルさんは穏やかに笑う。
「なかなか強烈な弟くんだったねー。」
シュウさんが肩を揺らして笑う。
「ほんとね。」
レイさんも苦笑い。
「おれ、す、す、ストーカーなんてし、し、しません……たぶん。
優しくしてくれた人をじろじろは見ますけど。」
それ、ストーカーの素質ある。
「いや、良い子なんですけどねー。
暴走しちゃうことがあるんですよ。」
そう言いながらも、私は別のことが気になっていた。
「それより……本当に見学させるんですか?」
「うん、そうだね。
でも、ただの掃除を見せるだけだから。
大丈夫だよ。」
「そうですね。」
確かに、穢れが見えなければ問題ない……はず。
◇
別の日。
「実は掃除をしてもらいたい場所があるんです。」
「え?」
私が声を上げる。
「ベルベット校の空き教室で、こじんまりしたところなんですけど…なぜかわからないんですけど、毎日掃除しても次の日にはまた汚れてて。
不思議ですよね?」
首を傾げるユウキ。
それ……完全に穢れじゃん。
「ヒカルさん! これ、裏案件ですよ!
いいんですか?」
コソッと耳打ちする。
「いいもなにも……
彼はそこの掃除をしてほしいんでしょ?
それに、見えない側だったら問題ないよ。」
「それもそうですね。」
確かに。
穢れが見えなければ、ただの“汚れ”にしか見えないはず。
「そうだ、姉さん気になってたんだけど……そのポッケ、なにかはみ出てるよ?
毛玉?」
指差した先には──わたあめ。
「こ、これは……いま流行りの……
マスコットだよ。」
はははっと笑って誤魔化す。
「ちょっと! ヒカルさん、見えてる側ですよ! これ!!」
コソッと耳打ちする。
「そうみたいだね。」
「ってか、見える人多すぎやしません!?」
「まあ、確かに。」
「これ大丈夫ですかね?」
「まあ、なんとかなりますよ。なんとか。」
ヒカルさんはははっと笑う。
適当だなー。
私たちはベルベット校にやってきた。
校門をくぐった瞬間、空気が変わる。
白い石造りのアーチ、磨き上げられた噴水、
そして左右に広がる庭園には季節の花が整然と咲き誇っている。
建物はどれも重厚で、
壁には繊細な彫刻、窓枠は金の装飾が施されていた。
(……やっぱり貴族の学校ってすごい)
「入っていいの? ユウキ?」
「大丈夫だよ。ちゃんと許可も取ったし、
先生たちも“気味悪いから助かる”って言ってたし」
「あー、そう。」
校舎の中も、まるで美術館のようだった。
赤い絨毯、磨かれた大理石の床、
壁には歴代の名家の肖像画がずらりと並んでいる。
そんな立派な廊下を抜け、
校舎の端にある少し古びた部屋の前にたどり着く。
「ここです。」
ユウキが扉の前で立ち止まる。
ヒカルさんがそっと扉を開けると──
「これって……」
「獣の毛ですか?」
豪華なカーペットの上に、白い毛がびっしり。
床にも机にも、まるで雪のように散らばっている。
「そうだね。」
ヒカルさんが落ちている毛を指で払う。
「ここの人たち、獣のお化けが住んでるって言ってて。
嫌がって誰も使わないんです。」
ユウキが肩をすくめる。
「ほら、猫とかいたら嫌だって。
みんなお金持ちの方たちだから、
隙間風とか虫とか獣とか、耐えられないんですよ。
うちは貧乏なので多少は我慢できますけど。」
確かに……この学校の雰囲気なら、
“毛が落ちてる”なんて許されないだろう。
「でも毎日これだと、掃除してから勉強するって効率悪くて。
空き時間に来ても掃除だけで終わっちゃうし。」
それもそうだ。
「とりあえず必要なものをシズクに持ってきてもらうよ。」
ヒカルさんが電話をかける。
しばらくして──
「も、も、も、もってきました……!」
ヌメリー先輩が震えながら道具を運んでくる。
「ありがとう。じゃあ準備しようか。」
「それなんですか?」
粘着テープがついた棒だ。
「 Adhesive Seizer、粘着の捕縛輪。
カーペットに絡まった毛をこの粘着力のあるテープで取るんだよ。」
「へぇー」
相変わらず名前長い…
もうコロコロと呼ぼう。
「さて……と」
ヒカルさんが人差し指を構えようとしたので、
「まてまてまてまて!!」
私は慌てて止めに入る。
「え? なに?」
きょとんとするヒカルさん。
「ユウキいるんですけど!!」
「あー、そっか。まずいかな?」
「まずいでしょ!?
これで仕事やめろってなったら困ります!!
ここと同じくらいのお給料くれるところないんですから!!
お願いしますよー!」
思わず拝む。
「うーん……じゃあ、わかった。」
ヒカルさんはくるっとユウキに向き直る。
「ユウキくん。」
「はい。」
「獣の毛が舞い散るから、このガスマスクつけてね。」
「え? ガスマスク?」
怪しみながらも受け取る。
「ほら、僕たちは慣れてるけど、
慣れてない人にはホコリも毛も目に入ったりしたら良くないからね。」
「そうですね。ありがとうございます。」
すんなりつけるユウキ。
す、素直……。
「素直で、ちょろ……良い子だな」
ヒカルさんが笑う。
……今“ちょろい”って言いかけたよね?
ガスマスク越しだからユウキには聞こえてないけど。
「じゃあ確認ね。
ココロさんは僕と一緒に、これで毛をキャッチ。
毛がいっぱいになったら素早く剥がしてゴミ箱へ。」
「はい!」
「シズクは舞い散る毛をダスト サッカーで吸ってね。」
「は、は、はい……!」
ヌメリー先輩は筒状のミニ掃除を構えながら、いつも通り震えている。
「さあ、始めようか。」
ヒカルさんが人差し指を構える。
「迷いし穢れよ──姿を現せ。」
ふぅ、と息を吐いた瞬間。
舞い散る毛の中から、もこもこの影が現れた。
「タヌキ!?」
「き、き、き、きつね……?」
「アライグマ?」
私、ヌメリー先輩、ヒカルさんの声が重なる。
そしてふわりと宙に浮かぶタヌキ(仮)がこちらを見て、
そのまま部屋中を飛び回りながら毛を撒き散らす。
「うわっ、ちょ、ちょっと待って!!」
私はコロコロで必死に毛をキャッチしていく。
すると──
タヌキの毛がふわりと文字に変わった。
「数字……?」
「問題みたいだね。」
ヒカルさんが言う。
次々と数字が浮かび上がる。
「これを解けってこと?」
「正解の数字を残すのかも。
それ以外はキャッチしてみようか。」
「はい!」
最初の問題:
3 × 4 × 8 × 5 = ?
え、いくつ?
そもそも暗算できないんだけど。
私が固まっていると──
ヒカルさんが迷いなく“480”以外の数字を全部キャッチ。
すると空中に ◯!! が浮かぶ。
正解ってこと?
続いて現れた問題。
41 × 58 × 61 × 32 × …… × 0 =
「わかるか!!」
思わず叫ぶ。
「もう適当でよくないですか!?」
「だめ! ココロさん!」
ヒカルさんの制止より早く、
私は“0”の数字をコロコロでキャッチしてしまった。
次の瞬間──
どっっっかーーーん!!
毛が爆発したみたいに舞い散る。
「ば、爆発!?」
私は呆然。
ヒカルさんはため息をつきながら、
「正解は0だから。」
と呆れた声で言った。
教養なくてすみませんね……。




