15話 異常な潔癖症
「あの、私――」
自己紹介しようと一歩前に出た瞬間、
「待って。半径二メートル以内に近づかないでください。」
「え?」
「初めましての人は、この距離からお願いします。
できればこれ以上近づかないでください。
同じ空気吸いたくないので。」
「え?」
……この人、めちゃくちゃ失礼じゃない!?
「ひ、ヒカルさんはいいんですか!?」
彼はヒカルさんのすぐそばにいる。
「ヒカルくんとは、徐々に距離を縮めて、今はギリギリ握手可能です。唯一。」
唯一って何。
「…彼、少し人見知りと潔癖でね。」
少し?
いや、どこが?
“少し”の基準どうなってるの。
私は深呼吸して、なんとか気持ちを整える。
「あの、新人のミガク ココロです。よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げる。
「俺はスイマクリ ソウジ。
ここの洗剤や道具の開発してる。基本ここから出ません。」
緑の長い髪をひとつに結んだ美形が、淡々と言う。
顔は整ってるのに、言ってることは刺々しい。
「彼、穢れを対処できる唯一の洗剤も作ってるすごい人なんだよ。」
ヒカルさんがフォローを入れる。
だがスイマクリさんは、こちらを冷たく見て言い放つ。
「俺、人間嫌いなんです。汚れも嫌いだけど。
知ってる? 人間が一番汚いんだよ?」
「はあ」
「人間って…嫉妬、嘘、裏切り。
この世で一番卑怯で醜くて、汚い。
自分の利益だけ優先する自己中心的。
さらに汗や臭いも発生させる。
汚い製造機なんだよ。」
「は、はあ。」
(いや、それあなたもでは……?)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「特に穢れを生み出すやつ。これは最悪。
汚いものを溜め込んで、綺麗にしても綺麗にしても永遠に汚れていく負のループ地獄。」
そして、ビシッと指をさしてくる。
「そして君!! 君は論外!!
その穢れを連れてる。
ということは! 君は汚い!!!」
ひ、ひどい。
「ソウジ…事情があるんだよ。
彼女は、この穢れのわたあめさんの家を綺麗にしたところで懐かれたようなんだ。」
「なら対処すべきでは?
今すぐ吸って処分ですよ。」
「ま、待ってください!!」
私は慌てて前に出る。
(もう疲れすぎて泣きそうなんだけど!?)
「今日の仕事だって、わたあめのおかげで綺麗になったんですよ!
スイマクリさんの作った機械が壊れて爆発したところ、わたあめが頑張ったんです!!」
「えっへん。」
虫かごの中で胸を張るわたあめ。
スイマクリさんの切れ長の目が細くなる。
「は? それ本当なの? ヒカルくん。」
「うん、ほんと。
穢れが多すぎてダスト・イーターが爆発しちゃって、壊れちゃったんだ。
この通り。」
そこには無惨に穴の空いた姿。
「そ、そんな……
くそ、改良しなければ。
汚いものが出てくるんじゃ意味がない。
どうすれば、どうすれば……」
ぶつぶつ言いながら歩き回るソウジさん。
(ああ……この人もヤバい人だ……
ていうか、今日の疲労感ほんと限界……)
「あの、だからわたあめを処分するなんて言わないでください!」
必死に訴えると、スイマクリさんは頭を抱えた。
「……なら条件がある。」
顔を上げた彼の切れ長の目が、鋭く光る。
「私がいる時には、その虫籠に入れてくれ。それが絶対条件。以上。」
「は、はい。」
「そして君は、俺に二メートル以内絶対近づくな。」
「……はい。」
(ヤバい。
この人、かなりヤバい。
絶対仲良くできないタイプだ……)
「じゃあソウジ、このダスト・イーターだけど修理よろしくね。」
「はい、ヒカルくん。」
「ちなみにゴミ容量増やせるかな?」
「ちょっと考えてみます。」
「うん、よろしくね。」
「はい。」
……ヒカルさんには普通に優しい。
なんで?
差が激しすぎる。
そして私はヒカルさんと一緒に部屋を出た。
帰りは別ルートで、あっという間に戻ってこれた。
……最初からこのルートだけにしてくれ。
頼むから。
「戻りましたー。」
「あ、おかえりーココロ。あいつヤバいでしょ?」
レイさんがこちらを見てニヤッと笑う。
「あ、はい。あの……すごい人でした。」
なんと言えばいいのか分からない。
“すごい”以外の言葉が見つからない。
「ソウジくん、変わってるからねー。
俺も綺麗好きな方だけど、彼はさらに上いくからねー。」
シュウさんが笑う。
いや、あなたも十分ヤバいよ。
ヤニ切れのときの豹変ぶり、忘れてないからね。
「お、おれ……あの人苦手。
汚いって言われる。毛が鬱陶しいって……」
ヌメリー先輩がもじもじしながら長い前髪を触る。
いやいや、スイマクリさんもロン毛じゃん。
なんでヌメリー先輩だけ言われるの。
ほんとに……
このラボ、個性の強い人しかいない。
「わたあめ、出ていいよ。」
透明ケースから、ふわりと浮かび上がる。
「大丈夫でーす!」
「ごめんね。狭くなかった?」
「わりと快適ですよー」
良い子だ。
ほんとに癒しだ。
今日いちばんの救い。




