11話 ヤニの匂いは消臭
「と、とりあえず……お掃除終了ですか?」
「匂い取りはおしまい!」
シュウさんが機械のスイッチを止める。
「まずは換気しましょう。」
ヒカルさんが窓を開けると、涼しい空気がふわっと流れ込んできた。
「さて、あとは家具と扉をきれいに。Tar-Purge Ethanol滅ヤニ液で拭いていきましょう。」
「タージ?めつやに?」
「タール・パージ・エタノールね、ヤニ汚れの油分を溶かす性質があるんだよ。」
ヒカルさんが丁寧に説明してくれる。
「しかもさ〜、タバコの煙って家具も黄色くなるからね。ちゃんと拭かないと臭いよ。汚いし。俺もよくお世話になってるからね〜。」
シュウさんも拭きながら、軽い調子で言う。
雑巾を見ると——
「ほんとだ! すごい茶色くなりました!」
みんなで手分けして、家具と扉を丁寧に拭き上げていく。
「クンクン……大丈夫だよ〜。落ちてる。」
シュウさんが鼻を鳴らして笑う。
「よし、これで終わりだね。片付けしよう。」
三人で道具を片付けていると——
「ありがとうございました。本当に匂いが取れてます! さすがですね。また何かあればよろしくお願いします。」
伯爵夫人が深々と頭を下げた。
「いえ、また何かお困りごとがあれば遠慮なさらず。」
ヒカルさんが穏やかに微笑む。
伯爵家を出たところで——
シュウさんが、がくんと膝をついた。
何事!?
「だ、大丈夫ですか!?」
「二コ…チンが…。」
「ニコチン?」
臭かったのかな?
私は自分の服の匂いをくんくんしてみる。
すると——
「たりねぇーー。」
「え?」
「あー、もう無理。やってらんねー。早く摂取しねーと。」
……え、だれ?
あの可愛いシュウさんが、突然やさぐれたヤンキーみたいになってる。
「あー、ごめんね。
彼、一定時間タバコ吸わないとこうなるの。」
ヒカルさんが苦笑する。
「えーー……」
「まじ無理。しんど。やってらんねーわ……くっそ……」
こ、こわい。
語彙が完全に別人。
「吸ってきていいよ。
僕たち外のカフェでランチしてるから。吸い終わったらおいで。」
ヒカルさんが指さす。
「さすが〜。
ちょっくら摂取してくるわ。」
……まじで誰。
◇
「とりあえず何か食べようか。」
「はい。」
私たちは念のため服に消臭をかけてから、外のランチ席に座った。
運ばれてきたサンドイッチは、とても美味しそう。
「いただきまーす!!」
もぐもぐ。
「お、おいしい!!」
「それはよかった。
いっぱい食べてね。ここは僕の奢りだから。」
「いいんですか!?」
「遠慮せずにどうぞ。
あ、これも食べてね。」
ヒカルさんは、もう一つのサンドイッチを差し出してくれる。
「ありがとうございます!」
「掃除は体力使うからね。
しっかり食べないと。」
「はい!」
美味しいサンドイッチが、疲れた身体にしみわたる。
わたあめも、ちょこんとテーブルの端でパンくずをつついている。
なんだか楽しそう。
「あの、気になったことがあるんですけど……いいですか?」
「いいよ。」
ヒカルさんはカップをソーサーに戻し、また足を組み替える。
「今回の穢れの原因って、何かあるんですか?」
「うーん……ココロさん、タバコ吸う人って、なんで吸うかわかる?」
「え、なんでしょう? 美味しいのかな……?」
「タバコを吸うとね、ストレス解消、リラックス効果、眠気覚まし、習慣化……まあいろんな理由があるんだよ。
それに、吸ってから約7秒で脳に届くニコチンが“うまい”って錯覚させて、離脱症状と喫煙のサイクルを作る。」
「へぇ〜……」
「つまりね、ストレスを抱えてる時に手を出すと、それが習慣になりやすい。
身体にはよくないけど、その人にとっては“必要なもの”になってしまうこともある。だから一概にやめろとは言えないんだ。」
「はあ……」
ヒカルさんは紅茶をひと口。
湯気がふわりと揺れる。
「たぶん、あそこの主人もストレスを抱えてたんだろうね。
それが積もって、穢れを生み出してしまったのかもしれない。」
「じゃあ……また穢れが発生するかも、ですよね?」
「まあ、そのときにはまた僕たちの出番になるね。」
ニコリとヒカルさんが微笑む。
「そうですね。」
風が吹き、紅茶の香りがふわっと広がる。
私はもう一つのサンドイッチに手を伸ばす。
「それよりも……どう? 仕事。やっていけそうかな?」
ヒカルさんは紅茶のカップを指先で軽く揺らし、
足を組み替えながらこちらを見る。
ほんと、この人……綺麗すぎる。
仕草ひとつで絵になるってずるい。
「はひ!」
「飲み込んでからでいいよ。汚いから。」
……汚いって言われた。
ちょっとショック。
私は慌ててお水をごくんと飲む。
「はい! 楽しいです!
正直、穢れはびっくりしましたけど……頑張ります!」
「そっか。それはよかった。
とりあえず……今度は銃の訓練しようか。」
「あ、そうですね。」
「命中精度低くてびっくりしたから。」
ひ、ひどい。
やっぱりこの人、見た目に反して腹黒い……というか、意外とドSなのでは。
「ど、努力しまーす……」
すると——
「お待たせ〜! わあ! 美味しそうだねー!」
さっきまでの“やさぐれヤンキー”が嘘みたいに、
ふわふわ可愛いシュウさんが戻ってきた。
まじで、人間不信になりそう。
「どうぞ。」
ヒカルさんがサンドイッチを差し出す。
「いただきまーす。」
両手でサンドイッチを持って食べる姿が、
女の私から見ても可愛い。
ギャップ……すごすぎる。
ほんとに同一人物なの?
「あ、そうだ! ココロちゃん。」
「は、はい!」
「銃の使い方、ビックリするほど下手だったから、今度練習しようね。」
う……
シュウさんにも言われた。
「は、はい。ご指導よろしくお願いします。」
私は深々と頭を下げた。




