第29話 旧剣
王が去ってひと月近くが経った日の昼だった。
レオンは丸腰で門の前に立っていた。
銀の鎧はない。王家の紋章の鞘もない。旅装のただの男だった。
隣に白木の杖を背負ったミリア。
ニコが北壁の上から見下ろしていた。
レオンはニコの腰の剣を見て、それから俺を見た。
「……謝りに来た」
今度は俺も遮らなかった。
◇
井戸端に俺とレオンだけがいた。
リーゼは少し離れた窯小屋の前で腕を組んで立っていた。ミリアはその隣にいた。二人は何か話していた。何を話していたのかは聞かなかった。
レオンは井戸の前で膝をついた。
荒野の土の上に。
王がつかなかった膝を勇者がついた。
「五年間、お前の仕事を見なかった。剣が折れないのを名剣だからだと思った。ローブが燃えないのをガルドの魔力だと思った。……お前が毎晩、俺たちが寝た後に何をしていたか、一度も聞かなかった」
レオンは顔を上げなかった。
「それを地味だと言って捨てた。ガルドの帳簿を疑いもせず、除名届に署名した。流刑先に送られるのを見送りもしなかった。……すまなかった。アレン」
俺は立っていた。
何と言えばいいのか、今度は分かっていた。
「……前に言いました。怒り方が分からないと」
「ああ」
「今も分かりません。たぶんずっと分からないと思います。だから、許すとも許さないとも言えません。……でも」
俺はしゃがんだ。
レオンと同じ高さに。
「レオンが丸腰でここまで来て膝をついたことは。覚えておきます。……ずっと。俺の付与と同じくらい、切れずに」
レオンは長いこと動かなかった。
それから頷いた。
「それでいい」
◇
ニコが壁から降りてきた。
腰の剣を外して、鞘ごとレオンに差し出した。
「持ち主のところに」
「……今はお前の剣だ」
「俺は見張りだ。壁の上に剣は要らない。槍でいい。町の守りはカーラとルッツとピムでもう足りてる。……剣は前線で使う奴に。あんたは前線に戻るんだろう」
レオンは答えなかった。
答えないのが答えだった。
「魔王軍はまだいる。四天王は三人残ってる。勇者が丸腰じゃ話にならん」
ニコは剣を押しつけた。
「それに。この剣はあんたが地味だと言って捨てた剣だ。……もう一度、持って歩け。地味なまま」
レオンは剣を受け取った。
重さを確かめるように両手で持った。
「アレン」
「はい」
「……もう一度、掛けてくれないか。この剣に」
俺は剣に手を伸ばした。
刀身に指で触れた。
懐かしい感触があった。五年前、パーティに入った日に掛けた俺の付与。
端がない。ほつれもない。
「……まだ切れてませんね」
俺は手を離した。
「掛け直す必要はないみたいです。五年前のがまだ掛かっています。……たぶん、これからも」
「たぶん、か」
「はい。たぶん。それだけは治りませんでした」
レオンは笑った。
五年間で一番人間らしい笑い方だった。
◇
「戻ってこい、とはもう言わん」
レオンは剣を腰に差しながら言った。
「王から聞いた。年に一度、ひと月、王都に来るんだろう」
「はい」
「そのときは俺の鎧も頼む。……名前と役割を教えれば掛けてくれるんだろう」
「はい。鎧の名前を考えておいてください」
「鎧に名前か」
「俺の付与は名前のないものには掛かりません」
レオンは頭を掻いた。
五年間、一度も見たことのない仕草だった。
◇
ミリアは王都に戻ると言った。
「神殿にやることがあります。……教本の書き直しをオズワルド様が手伝えと。聖女の杖は一番長い証拠なので」
彼女は門の前でリーゼに頭を下げた。
リーゼは腕を組んだまま小さく頷いた。
ミリアが頭を上げると、リーゼは一歩横にずれて門への道を空けた。
それだけだった。
◇
二騎が東の街道を去っていった。
ラッセルまでは一緒に行き、そこで別れるのだという。ミリアは南の王都へ。レオンは東の国境へ。
門の横でリーゼが言った。
「元仲間、殴らなくてよかったの?」
「もう殴りました。ハウザーを」
「あれは違う人」
「……レオンは膝をつきました。殴るよりたぶん効いています」
リーゼは俺を横目で見た。
「あんた、ちょっと意地悪になった?」
「そうですか」
「いいことだと思う」
◇
三日前、王都から正式な辞令が届いていた。
王の手で押された印。『グレイス領主、アレン・グレイ』。官房の印ではなかった。
その夕方、ゲルトが泥だらけで広場に来た。
「領主様」
「……その呼び方は」
「慣れろ。辞令が来たんだろう。水路が通った。泉から町の井戸の横まで。二十年分の砂を全部掻き出した」
ゲルトは北を指した。
「あとは水だけだ。……黒いままの水を流すわけにはいかん。領主様の仕事だ」




