第28話 たまたまでは、なかった
──これは王が王都に戻って十日ほど後の、俺の知らないところで起きた話だ。
後でレオンから聞いた。
◇
王城、大謁見の間。
玉座の王の前にガルドは一人で立たされていた。
その左右に証人が並んでいた。
軍務卿バルテン。ギルド長オズワルド。聖女ミリア。勇者レオン。
辺境警備第三隊長ヴォルフ。ハルトマン辺境伯の名代として徴税官ローデン。
そして縛られた二人。元近衛ハウザーと官房書記ドレル。
「魔術師ガルド」
王が言った。
「これは正式な裁判ではない。王の審問だ。だが判断は余が下す。……裁きの前にお前の言い分を聞く。言え」
ガルドは顔を上げた。
五年間、勇者の右腕と呼ばれた顔だった。今は痩せて、目だけが光っていた。
「全て勇者パーティのためにしたことです」
声はまだ張りがあった。
「無能な付与術師を除き、王都の評判に相応しい者を入れた。帳簿の予備費は遠征の備えに。……辞令はあの男に管理官という相応の職を与えたまでのこと。討伐命令は、荒野に武装した者が集まっているとの報告を受け、国の安全のために」
「報告は誰からだ」
「……ハウザーから」
ハウザーが鼻で笑った。
◇
「では順に聞く」
王は指を一本立てた。
「官房書記ドレル。五年前の辞令と先月の討伐命令。誰の依頼で王の印を押した」
「……ガルド様です。辞令は金貨三枚。討伐命令は金貨十枚で。押印記録にわしの印とガルド様の受領の印が残っております」
ガルドの指がわずかに動いた。
「帳簿の予備費。ギルド長、照合の結果は」
「聖女様が持ち帰られた薬局の記録と、ギルドの会計帳簿、それに神殿の金庫番から取り寄せた口座の出納記録。三つを突き合わせました。回復薬三十本の計上に対し、納品は五本。差額二十五本分の銀貨はガルド殿個人の口座に。……五年間で同じ手口が十一回。合計、銀貨三百枚余り」
「……予備費だ」
ガルドが呟いた。誰も応じなかった。
ミリアは何も言わなかった。
証拠は彼女の手を離れて王国のものになっていた。
「ハウザー。お前は誰の金で何をしに荒野へ行った」
「ガルドの金で管理官を殺しに。……失敗したら偽の討伐命令で町ごと潰すと、あいつは言った」
ガルドは今度は何も言わなかった。
「隊長ヴォルフ。荒野の町に武装蜂起の形跡はあったか」
「ありません。百人で攻めて、向こうは矢の一本も放ちませんでした。折れたのは我らの剣だけです」
「辺境伯の名代。辺境伯領とグレイス荒野の間に紛争はあったか」
「……ございません。閣下はむしろ取引をなさいました」
王は最後にオズワルドを見た。
「ギルド長。追放されたその男の付与は無能か」
「六十年で一度も見たことのない付与です。掛けた付与は消えません。城壁にどこまで掛けられるかはこれから確かめます。……ですが消えない付与を、この国は『地味だ』と言って捨てました」
◇
ガルドは黙っていた。
黙って床を見ていた。
長い沈黙の後、口を開いた。
出てきたのは弁明ではなかった。
「……あの男がいれば、わしの五年は全部あの男のものになる」
誰に言ったのか分からない声だった。
「四天王を退けたのも。勲章も。年金も。勇者の右腕も。全部、地味な付与術師のおまけだったと。……認められるか。認められるわけが」
王はそれを最後まで聞いた。
「それが本当の言い分か」
「……」
「よい。聞いた」
王は立ち上がった。
「魔術師ガルド。王の名を騙り、王の印を金で買い、王の兵を私怨で動かし、王の臣を殺そうとした。……爵位を剥奪する。財産は没収。横領した分は勇者パーティの遠征費に戻し、残りはグレイス領への償いに充てる。身柄は終身、北の塔に」
王は一拍置いた。
「それから。お前が除名した男は余が領主に任じた。グレイス領主アレン・グレイ。……お前の五年はあの男に支えられていた。余の五年も同じだ。余は勇者の名を讃え、勲章を与え、その剣を毎晩磨いていた男の名を一度も聞かなかった。……それを余は認める。お前は認めなかった」
◇
ヴァンスは刑を問われなかった。
自ら証言し、ミリアと王に全てを話したことが考慮され、ギルドの資格を一年停止されただけだった。
彼はオズワルドの教本の書き直しを手伝うことを志願した。『付与は必ず切れる』の一行を消す作業を自分の手でやりたいと言ったという。
◇
北の塔の牢に、レオンは一度だけ行った。
ガルドは石の床に座っていた。
ローブはない。粗末な囚人服。五年間、呪詛を弾き続けた黒いローブはとっくに捨てられていた。
「……来たか」
「ああ」
「笑いに来たのか」
「いや」
レオンは格子の前に立った。
「聞きに来た。一つだけ」
「何だ」
「五年間。お前は気づいていたのか。……あの男の付与が何だったのか」
ガルドは長いこと答えなかった。
「……三年前から」
かすれた声だった。
「ローブが一度も燃えないのを見て。お前の剣が一度も欠けないのを見て。……気づいて、認めなかった。認めれば全部が崩れるから」
「俺は気づかなかった」
レオンは言った。
「三年どころか五年間。一度も。……お前は気づいて黙り、俺は気づきもしなかった。どちらが罪が重いのか、俺には分からん」
「お前は謝りに行くのだろう」
「ああ」
「わしは行けん」
「ああ。……だが、お前が黙っていた三年を俺は許したわけじゃない。俺の五年も許されたわけじゃない。それは同じだ」
レオンは背を向けた。
格子の向こうから声がした。
「……レオン」
「何だ」
「たまたまでは、なかったな」
レオンは振り返らなかった。
「ああ。……なかった」
◇
翌朝、レオンは王城を出た。
三本目の剣は城に置いていった。
北へ向かう馬の腰に、剣はなかった。




