↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/30

第25話 壊れない町

 期限の夜明け。門の上に俺は立っていた。


 武器はない。鎧もない。王都を出たときと同じ、くたびれた外套だけだ。

 隣にレオンが立っていた。剣は鞘に収めたまま。


 百人の兵がゆっくりと近づいてきた。

 先頭に丸太を担いだ十人。破城槌だ。


「……本当に何もしないのか」


 レオンが小さく言った。


「しません。壊れなければいいので」


 ◇


 破城槌が門に当たった。


 重い音がした。一度。二度。三度。

 門は揺れなかった。焦げた板は焦げたまま、びくともしなかった。


 四度目で丸太のほうが割れた。


 兵たちが顔を見合わせた。


「梯子!」


 ヴォルフの声で北壁に梯子が掛かった。五本。

 兵が登る。壁の上に頭が出る。


 ──壁の内側から、ニコとカーラとルッツが梯子を押した。


 剣は抜かない。槍も使わない。ただ押す。

 梯子は傾いて、兵ごと荒野の砂の上に倒れた。砂だ。骨は折れない。


 五本とも同じだった。


「……何なんだ、この町は」


 誰かが言った。


 ◇


 ヴォルフが馬上で手を上げた。


「弓」


 二十人が弓を構えた。

 狙いは門の上。俺とレオン。


 レオンが俺の前に出ようとした。

 俺はその腕を押さえた。


「下がってください。……俺が見えるように」

「アレン」

「頑健は矢を止めません。死なない保証もありません。……でも立ちます」


 矢が放たれた。


 二十本。

 ほとんどが門と壁に刺さった。二本が頭の上を越えていった。

 一本が俺の左肩に刺さった。


 熱かった。痛かった。

 でも立っていた。骨は折れていなかった。


 門の内側でミリアが杖を掲げた。白い光が肩の矢を包んだ。痛みが少し引いた。矢は抜けなかった。それでも立っていられた。


 俺は振り返った。

 家々の戸の隙間からこちらを見ている百人の目があった。


 それから兵の百人を見た。


「──俺たちは戦いません」


 声は思ったより遠くまで届いた。

 荒野は音を遮るものがない。


「矢も放たない。剣も抜かない。……でも壊れません。壁も門も屋根も人も。この町は壊れません」


 ◇


 二度目の矢は来なかった。


 兵たちがヴォルフを見ていた。

 ヴォルフは手を上げたまま下ろさない。


 一人の兵が苛立ったように門の板に剣を叩きつけた。

 不壊の板はびくともせず、弾かれた力が全部刃に返った。

 剣が鍔元から折れた。


 隣の兵がもう一度叩きつけた。

 折れた。


 それから何人もが。試すように、腹立ちまぎれに。門に、壁に。

 ……全部折れた。


「……武器が折れる」


 列の中から声が上がった。


「隊長。俺、ラッセルの出です。……この町の水をうちの子が飲んで、腹の病が治った。治ったと女房は思ってる。俺もです。……この町を焼くんですか」


 ヴォルフは答えなかった。

 手を上げたままだった。


 ◇


 その手が下りる前に、東から馬の音がした。


 王旗だった。

 金の獅子を描いた旗を先頭に十騎の近衛。その中央に軍務卿の副官。


「辺境警備第三隊! 武器を収めよ! 王命である!」


 副官は馬を降りずに二枚の紙を掲げた。


「一枚は国王陛下の直命。『グレイス荒野管理官アレン・グレイを王都に丁重に召喚する』。もう一枚は軍務卿バルテンの差し止め命令。『官房印のみで辺境警備隊を動かせるのは国境紛争への対処に限る。反逆者の討伐は軍務卿の承認を要する。本命令は権限を逸脱したものであり無効。直ちに撤収せよ』」


 副官の馬も泡を吹いていた。差し止めの早馬を受けて昼夜駆けたのだという。予定より一日早かった。


 ヴォルフはゆっくりと手を下ろした。


 馬を降りて、副官から二枚を受け取り、長いこと読んだ。

 それから自分の巻物と並べた。


「……王の名と官房の印。重いのは王の名だ」


 ヴォルフは振り返った。


「全隊、武器を納めろ。撤収する」


 百人が息を吐いた。


 ヴォルフは門の前まで歩いてきて俺を見上げた。

 肩に矢の刺さった、武器を持たない管理官を。


「百人で攻めて、怪我人はお前一人か」

「はい」

「……私は命令に従った。それだけだ。だが」


 ヴォルフは折れた剣を拾い上げた。


「この町に二度と矢を向けないで済むことを祈る」


 ◇


 ハウザーは縛られたまま近衛の前に引き出された。


 副官が顔を見るなり言った。


「……ハウザー。近衛を追われた男がなぜここに」


 ハウザーの顔が歪んだ。

 副官は三年前までハウザーの同僚だった。同じ鎧を着て、同じ獅子の金具の鞍に乗っていた男だ。


 ハウザーは近衛の鎧を見た。鞍の獅子を見た。

 それから自分の縛られた手を見た。


 荒野の盗賊なら黙っていればよかった。

 でも、かつての同僚の前で元近衛は黙れなかった。


「……ガルドだ」


 吐き捨てるように言った。


「全部ガルドの金だ。十一人分の銀貨も、辺境伯の護衛に紛れ込む金も。管理官を消せと言ったのも。……失敗したら偽の討伐命令を出すと言ったのも」


 副官は何も言わずに書記に頷いた。

 書記が一言一句書き取った。


 ◇


「管理官殿」


 副官が俺に向き直った。


「王の召喚です。王都へご同行を。……丁重に、との仰せです」


 俺は門の上から降りて副官の前に立った。

 肩の矢はミリアが抜いてくれた。布を巻いた上からまだ血が滲んでいた。


「行きません」


 副官の眉が上がった。


「王命、ですが」

「分かっています。……でもここが家です。百人の名前を世話役が覚えていて、俺が額に手を当てる町です。俺が十日いなければ新しく来た人に付与が掛からない。屋根も鍬も井戸の桶も、俺がいないと」


 俺は北を見た。


「それに地脈の泉を清めるまではここを離れられません。……王にお伝えください。『ノルドの管理官は町を離れられない。王が管理官に用があるのなら、こちらへ』と」


 副官は絶句した。

 王の直命を荒野の管理官が断った。


 沈黙を破ったのはレオンだった。


「俺が持って帰る」


 レオンは副官の横に立った。


「その言葉を王に。勇者として俺が伝える。……ハウザーの証言と一緒に」


 副官はしばらく二人を見比べて、それから深く息を吐いた。


「……承知しました。お言葉のままお伝えします」


 馬に上がりかけて、副官は振り返った。


「ああ、もう一つ。ラッセルでハルトマン辺境伯閣下の使いに会いました。……閣下ご自身がこちらへ向かっておられると」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。