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第24話 反逆者討伐

 百人は翌日の昼に来た。


 東の街道に土煙。その中から揃いの鎧が整った列を作って現れた。

 荒野の盗賊とは違う。狼とも熊とも違う。


 王国の兵だった。


「辺境警備第三隊だ」


 ニコが北壁の上から言った。声がいつもより低かった。


「隊長はヴォルフという男だ。……知っている。真面目な軍人だ。命令を疑わない」


 ◇


 百人は矢の届かない距離で止まった。

 一騎だけが白い布を掲げて門の前まで来た。軍使だ。


「辺境警備第三隊、隊長ヴォルフの名において告げる」


 軍使は巻物を広げた。


「王命を騙り、管理官を僭称し、辺境伯領への納税を拒み、荒野に武装した者を集めた反逆者、アレン・グレイ。これを引き渡せ。拒めば町ごと討伐の対象とする。……返答は明日の夜明けまで」


 巻物の下に王家の印章があった。

 署名の欄は空だった。


 ◇


「俺が行きます」


 村長の家で俺は言った。


「話をしに。反逆者かどうかは本人を見れば分かるはずです」

「俺も行く」


 レオンだった。


「勇者が隣に立っていれば、少なくとも話は聞く」


 ◇


 隊長ヴォルフは五十がらみの、白髪の混じった男だった。

 天幕の前で俺とレオンを見て、長いこと黙っていた。


「……勇者殿がなぜここに」

「王の使いより先に来た。王はこの男を丁重に召喚せよと命じた。討伐ではない」

「その命令書をお持ちか」

「……使いが二日後に着く」

「では私の手元にあるのはこれだけだ」


 ヴォルフは巻物を置いた。


「官房の印は本物だ。署名がないことは私も知っている。だが私は兵だ。命令を疑うのは私の仕事ではない」

「署名のない命令で百人を動かすのか」

「官房印だけで動けるのが辺境警備だ。隣領との紛争は軍務卿の署名を待っていては間に合わんからな。……勇者殿はご存じないか」


 レオンは口を閉じた。


 ヴォルフは俺を見た。

 頭のてっぺんから爪先まで。


「……お前がアレン・グレイか」

「はい」

「武器は」

「持っていません」

「反逆者には見えんな」


 ヴォルフはため息をついた。


「見えんが、命令書にはそう書いてある。私は書いてあることに従う。……夜明けまで待つ。それが私にできる最大の譲歩だ。引き渡しがなければ攻める」

「町には百人います。子どもも老人も」

「知っている。だからお前一人が出てくれば済む話だ」


 ◇


 帰り道、レオンが言った。


「俺の言葉では足りなかった」

「……五年前の俺と同じです」

「何?」

「言っても通じない。見えないものは地味ですから。俺の付与も、レオンの言葉も。……レオンの剣は三本目ですし」


 レオンは少し笑った。

 苦い笑いだった。


 ◇


 村長の家に百人のうちの三十人ほどが詰めていた。


「俺が行けば」


 俺は言った。


「町は攻められません。隊長はそう言いました」

「馬鹿言わないで」


 リーゼだった。


「命令書を読んだでしょ。『荒野に武装した者を集めた反逆者』。あんたが出ていっても町は『反逆者の巣』のまま。次は私たちが討伐の対象になるだけ」

「軍は相手が出てこなくても攻める」


 ニコが言った。


「出てきても攻める。それが命令だからだ。……俺はそういう命令で東の国境の村を一つ焼いた。だから軍を辞めた」


 部屋が静かになった。

 ニコが自分のことを話したのは初めてだった。


「……では、どうすれば」

「戦わない」


 俺は自分の手を見た。


「戦いません。矢は放たない。鍬は振らない。……でも渡しません。俺も町も」

「それでどうなるの」

「壊れなければいい」


 俺は立ち上がった。


「壁は壊れません。門も。人も折れません。……でも頑健は矢を止めません。だからみんなは家の中に。壁の上には誰も立たない」

「誰も?」

「俺が立ちます。門の上に。……兵に見えるように。武器を持っていない管理官がそこにいると」


 ニコが何か言いかけて、やめた。

 代わりにレオンが言った。


「俺も立つ。剣は抜かん」


 ニコとカーラとルッツは壁の内側で、梯子が掛かったら押し返す。それだけ。

 消火は世話役ごとに班を分けてベルタが仕切る。全戸に甘水の桶と濡れた布。


「それと屋根です。燃える」

「不壊を掛けるの?」

「掛けます。でも不壊でも燃えます。門と同じで、炭になっても崩れないだけです。……火は人が消す。崩れなければ消す時間がある」


 ◇


 その夜、俺は町中を回った。


 世話役の帳面をベルタが読み上げる。

 マーサの窯小屋。ゲルトの家。双子の寝床のある元村長の納屋。オットーとグレタの家。バルドの炉。カーラたちが寝起きしている東の空き家。


 一軒ずつ屋根に手を当てる。


 これはマーサの窯小屋の屋根。役割は、窯とパンとマーサを雨と風から守ること。


「不壊」


 家と納屋と小屋と炉。屋根のあるものは全部で八十七。

 近道はない。一軒ずつ。


 夜明け前、最後の一軒が終わった。

 膝は笑わなかった。範囲は一軒ずつ決めていた。


 俺は井戸端に戻った。

 レオンとミリアとリーゼとニコがいた。


「あと一つ」


 俺は自分の胸に手を当てた。


 二十二年、一度もやったことがなかった。

 自分の名前と自分の役割を、自分に向けて言うこと。


「アレン・グレイ。……ノルドの町の管理官」


 声が少し震えた。


「頑健」


 手のひらから温かい何かが自分の中に染みていった。

 掛かった。


「……今まで掛けてなかったの!?」

「はい」

「馬鹿!!」


 リーゼの声を、東の空の白みが少しだけ和らげた。


 ◇


 夜明け。


 百人が隊列を組んだ。

 ヴォルフが馬上で巻物を見て、それから町を見た。


 門は閉じたままだった。


「……進め」

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