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第23話 勇者の気づき

 ──これは鎧の男が荒野に着く八日前の話だ。


 ◇


「帳簿のことだ」


 王都の宿、ガルドの部屋。

 レオンは扉を閉めるなり言った。


「ミリアが薬局の記録を持っている。納品は五本。二十五本分の銀貨はお前の口座に。……本当か」

「聖女の思い違いだ」


 ガルドは振り返らなかった。机に向かって何かを書いていた。


「予備費として預かっていただけだ。パーティの金はわしが管理していた。知っているだろう」

「アレンに三十本と書かせたのか」

「書いたのはあの男だ。わしは数を伝えただけだ」

「ガルド」


 レオンは机の前に回り込んだ。


「俺の目を見て言え」


 ガルドはペンを置いた。

 顔を上げてレオンを見た。


「……五年、一緒にやってきた。わしを疑うのか、あの男の言葉で」

「アレンは何も言っていない。言っているのは帳簿と薬局の記録だ」


 ガルドは答えなかった。

 レオンはそれ以上聞かなかった。答えないことを答えの代わりに受け取った。

 証明はまだない。でも五年間の信頼はその沈黙で終わった。


 ◇


 その夜、レオンの部屋の扉を小さく叩く者がいた。


 ヴァンスだった。

 震えていた。


「レオン様。……申し上げなければならないことが」

「何だ」

「私はガルド様に頼まれて聖女様を見張っておりました。薬局に行かれたことをお伝えしたのは私です」


 ヴァンスは床に膝をついた。


「それと。……今朝、ハウザーという男が十人を連れて北門を出ました。ガルド様の部屋から革袋を持って。行き先は聞いておりません。でも聖女様が東門を出たのと同じ朝です」

「……」

「私は規定通りの仕事がしたかっただけなんです。炎の付与を三時間きっちりと。それだけで。こんなことに」


 レオンはヴァンスを見下ろした。

 怒りは湧かなかった。この男もガルドの金と自分の鈍さの間で使われただけだ。


「立て、ヴァンス。……助かった。だがこれはミリアと王にも話せ。お前の口から」

「……はい」

「今朝ならまだ追いつけるかもしれん」


 ◇


 王都を出る前にレオンは一か所だけ寄った。

 王城、軍務卿の執務室。夜更けだったが、副官が灯りをつけて待っていた。


「勇者殿。……ちょうどお呼びしようと思っていました」


 副官は一枚の紙を差し出した。


「今日の夕方、官房からこれが回ってきました。『王命を騙る反逆者アレン・グレイを討伐せよ』。軍務卿は署名を拒まれました。王が召喚を命じた相手を討伐する命令など出せるかと」

「なら兵は動かない」

「本来は。……ですが官房印だけの写しが辺境警備隊に先に届いている恐れがあります。辺境伯領との紛争扱いなら警備隊は官房の文書で動けます。軍務卿が差し止めの早馬を出しましたが、間に合うかどうか」


 レオンは紙を見た。

 王家の印章。五年前、自分の除名届の横にあったのと同じ印。


「王の使いは明朝出ます。……勇者殿は」

「今夜出る」


 ◇


 レオンはその夜のうちに三本目の剣を腰に差して王都を出た。


 王の使いを待てば一日遅れる。一日が何を分けるか分からなかった。

 五年間、言われた場所に行き、言われた敵を斬ってきた。自分で行き先を決めたのはこれが初めてだった。


 街道を昼も夜も走った。

 ラッセルの宿で「三日前に白木の杖の女が一人、馬を替えていった」と聞いた。「その翌日に盗賊のような十一騎も通った」とも。

 そして「二日前に辺境警備隊が百人、北へ出ていった」とも。


 追いつけなかった。

 だから走った。


 ◇


 そして八日目の朝。


 ──ここからは俺が見た話だ。


 門の外に一騎が止まった。


 銀の鎧。王家の紋章入りの鞘。馬はミリアの馬と同じくらい泡を吹いていた。

 男は馬を降りて焦げた門を見上げた。


「……アレン」


 五年間、聞き慣れた声だった。


「レオン」


 俺の声はミリアのときと同じくらい普通だった。自分でも少し驚いた。


 レオンは門をくぐらなかった。

 ミリアと同じだった。


 その目が門の焦げ跡を見て、縛られて座らされている四人を見て、それから──北壁の上に止まった。


 ニコが立っていた。

 腰に、飾り気のないただの鋼の剣を差して。


「……それは」


 レオンが言った。


「俺の剣だ」

「今は違う」


 ニコが壁の上から答えた。


「持ち主が要らないと言った。商人が買って、管理官が俺にくれた。……昨夜、この剣があんたを殺しに来た男の剣を二本折った」


 レオンは長いこと剣を見ていた。


「ハウザーが来たのか」

「はい」

「……遅かった」

「いえ」


 俺はまだ少し震えている手を後ろに隠した。

 一拍置いてから首を振った。


「誰も死んでいません。……こちら側は」


 レオンは俺を見た。

 何かを言おうとして、口を開いて、閉じた。ミリアと同じだった。


 俺はその先を言わせなかった。

 言われたらどう返せばいいのか、まだ分からなかったからだ。


「中で水を。……馬も限界です」


 レオンは頷いた。

 そして初めて門をくぐった。


 ◇


 井戸端でレオンは甘水を飲んだ。

 一口飲んで、桶を見て、もう一口飲んだ。


「……うまいな」

「井戸に掛けてあります」

「お前が」

「はい。来た日に。癖で」


 レオンは桶を置いた。


「アレン。……一つ、急ぎで言わなければならないことがある」


 声が変わった。勇者の声だった。


「王の使いは三日後に着く。お前を丁重に召喚する王の直命だ。……だがその前にもう一つ来る」

「……」

「俺が王都を出た日、軍務卿の執務室に討伐命令の写しが回ってきた。『王命を騙る反逆者アレン・グレイを討伐せよ』。軍務卿は署名を拒んだ。差し止めの早馬も出した。だが官房の印だけの写しが先に辺境警備隊に届いていた」


 レオンは東を見た。


「ラッセルで聞いた。警備隊の一部隊が二日前に北へ出た。百人だ。……王の使いより先に着く。たぶん明日」

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