第22話 切れていない
「奴らの狙いはあんただ」
ミリアが来た翌日、日が落ちる前。ニコが広場に線を引いた。
「門を破って火を放ち、住民が火に集まる間に管理官を突く。……俺ならそうする」
「門は破れません」
「破れなくても燃やしに来る。屋根は燃える。火は本物だ」
ニコは俺を見た。
「あんたは村長の家の奥にいろ」
「井戸にいます」
「……何?」
「火が出たら水が要ります。井戸の桶を回すのは俺でもできる。奥に隠れているより役に立ちます」
ニコはしばらく俺を睨んで、それから舌打ちした。
「カーラ、井戸の横につけ。リーゼ、あんたもだ」
「言われなくても」
リーゼは鍬を担いでいた。
◇
月のない夜だった。
最初に来たのは火矢だった。
東の闇から十数本、弧を描いて飛び込んできて、門と、門に近い三軒の屋根に刺さった。
門は燃えなかった。
正確には火はついた。板が焦げて煙が上がった。でも燃え落ちなかった。不壊の門は炭になっても門のままだった。
屋根は燃えた。
「水!」
井戸の桶が回った。俺が引き、リーゼが受け、ベルタと双子が手渡しで屋根まで運ぶ。甘水が火の上に落ちた。
その間に北壁の上でルッツの弓が鳴った。
「縄梯子だ! 北壁の西に三本!」
門が破れないと見て壁を越えに来た。ニコの読み通りだった。
ルッツの矢が、鋭利の矢尻が、二人を壁の下に落とした。
それでも六人が壁の上に這い上がった。
◇
六人は火を見ずに、まっすぐ井戸に来た。
カーラの槍が一人目を突き倒した。二人目はリーゼの鍬が横から顔に入った。
三人目と四人目はニコが受け、レオンの剣が二度閃いて、二人の剣が根元から折れた。
六人目は、燃える屋根から降りてきたゲルトが水の入った桶ごと殴り倒した。
五人目は俺のところまで来た。
大柄な男だった。酒の匂い。
剣を上段に構えて何も言わずに振り下ろした。
俺は動けなかった。
五年間、勇者パーティにいて、剣を向けられたことは一度もなかった。
そして自分に付与を掛けたことも一度もなかった。百人に掛けておいて、自分の名前と役割を自分に向けて言ったことがなかった。
──鋼の音がした。
目の前にニコの背中があった。
レオンの剣が男の剣を受け止めていた。
「……その剣」
男が目を見開いた。
「勇者の剣だ。なぜお前が」
「持ち主が要らないと言ったからだ」
ニコが押し返した。
男の剣が鍔元から折れた。
男は折れた剣を捨てて腰の短剣に手を伸ばした。
伸ばしたところで、横から来た鍬が男の側頭部を打った。
男は音を立てて倒れた。
リーゼが鍬を構えたまま肩で息をしていた。
「……王都の連中、殴るって言ったでしょ」
◇
夜明けまでに全部が終わった。
壁の上に上がった六人のうち四人を縛った。二人はルッツの矢で壁の下で死んでいた。壁の外にいた五人は馬で逃げた。
町の側は死者なし。火傷が三人、屋根が三軒。
ルッツは壁の上で弓を下ろしたまま長いこと動かなかった。
狼や熊ではない。人を射た。
カーラが黙って肩を叩き、二人は壁を降りてきた。
縛られた大柄な男をミリアが見下ろした。
「……ハウザー」
「知っているんですか」
「元近衛騎士です。酒で身を持ち崩して、ガルドの屋敷に出入りしていた。……ガルドの金で動く男です」
ニコが逃げ損ねた馬を一頭引いてきた。
鞍の金具を指で叩いた。
「獅子だ。ふた月前の徴税官の護衛と同じ」
ハウザーは気を失ったまま何も言わなかった。
でも、鞍と、ミリアの証言と、懐から出てきた革袋の銀貨は、誰の差し金かを疑うには十分だった。
◇
夜が明けて、焦げた門を村人が洗っていた。
俺は井戸の縁に座っていた。手がまだ少し震えていた。
ミリアが隣に座った。
「二つ目の話をしていませんでした」
「……はい」
「あなたの付与のことです」
ミリアは杖を膝に置いた。
「王立付与術師ギルドのギルド長がこの杖に触れました。五年前にあなたが掛けた付与に。……『生きている』と言いました。『切れる気配がどこにもない』と」
「……」
「アレン。あなたの付与は切れていません。五年間、一度も。レオンの剣もガルドのローブも。あなたが毎晩掛け直していたから誰も気づかなかっただけで」
俺はミリアを見た。
それから自分の手を見た。
「……長持ちしている、のではなく」
「五年です。たぶん永遠に」
井戸を見た。
来た日から四か月、一度も苦くならなかった井戸。
畑を見た。壁を見た。焦げても落ちなかった門を見た。
広場にいる百人を見た。
「じゃあ、井戸も畑も壁も」
「ずっと」
「百人、全員も」
「ずっと」
俺は井戸の縁からずるりと滑り落ちて、地面に座り込んだ。
「……切れないんですか。俺の付与は」
「ええ」
「ずっと長持ちしているだけだと」
「ギルド長は六十年で初めて見たと言っていました」
背後で鍬が地面に落ちる音がした。
「今更!?」
リーゼだった。
「普通じゃないって最初の日に言ったでしょ!! 井戸の前で!! 私が!!」
「言われました」
「四か月、ずっと『たぶん』『たぶん』って!!」
「……すみません」
ミリアが口元を押さえて肩を震わせていた。
笑っているのだと少し経って分かった。
◇
俺は地面に座ったまま北を見た。
荒野の奥。半日歩いたところにある黒い泉。
切れないのなら。
一度掛ければずっとなら。
水面に掛けたときは底から黒が戻った。泉のどこまで清めれば戻らないのか。それはまだ分からない。
──でも切れないのなら試す意味がある。届いた分は二度と戻らないのだから。
「アレン」
ピムが門から走ってきた。
今日は本当によく人が来る。
「東の街道に一騎。一人で馬を飛ばしてくる。……鎧が光ってる」




