第19話 王の問い
──これも俺の知らないところで起きていた話だ。俺が荒野に来て四か月あまりが経った頃の。
◇
王城、小謁見の間。
国王アルベルトの前に六人が並んでいた。
勇者レオン。魔術師ガルド。聖女ミリア。付与術師ヴァンス。軍務卿バルテン。そして王立付与術師ギルド長オズワルド。
王の手元には三枚の紙があった。
「余の前に三つの報告がある」
王は一枚目を取り上げた。
「軍務卿の調査報告。『勇者パーティの装備は前任の付与術師が整備していた。その付与の性質についてギルドで再調査中』。……前任者の名はない」
二枚目。
「ギルド長の再調査報告。個人の帳面を正式な確認資料として提出したものだ。『アレン・グレイ。持続特化。五年経過後も付与の消失を確認できず』。……名がある」
三枚目。
「東のハルトマン辺境伯からの照会状。『グレイス荒野に町を名乗る集落あり。王国直轄地の管理官を称する者が辺境伯領の徴税を拒否。王国の辞令は本物か。その者の名は──アレン・グレイ』」
王は三枚を並べて置いた。
「同じ名だ」
部屋が静かになった。
◇
「レオン」
「はっ」
「お前たちの装備は誰が整備していた」
レオンは一度だけガルドを見た。
それから前を向いた。
「……アレン・グレイです。五年間、毎晩」
「その男をお前たちは除名した」
「はい」
「理由は」
レオンは答えに詰まった。
ガルドが一歩前に出た。
「陛下。帳簿に不正があったためです。それに付与が地味で、勇者パーティの体面に」
「帳簿の件はその証拠を後で出せ。……体面」
王はガルドを見た。
ミリアは袖の中の写しを握りしめた。
薬局の記録はある。でもギルドの会計帳簿と正式に照合したわけではない。王の前で断定して一つでも外せば、二度と出せなくなる。
──今ではない。
「余は体面のために勇者を養っているのではない。魔王軍を退けるために養っている。……その勇者が斥候部隊に敗れ、砦を半分焼かれ、兵を十二人失った。体面の話を今、余の前でするか」
ガルドは口を閉じた。
◇
「ギルド長」
「はい」
「その男の付与は本当に切れぬのか」
「聖女様の杖で確認いたしました。五年前の付与が今も」
オズワルドはミリアの杖を示した。
「陛下。わしは六十年、『付与は必ず切れる』と教えてまいりました。教本にもそう書きました。……それが間違っておったのかもしれません」
「間違っていたらどうなる」
「この国の付与術は全て掛け直しが前提で組まれております。城壁も軍の装備も、三時間から一日で切れるものとして。……切れない付与術師が一人いれば、それが全部変わります」
王はしばらく黙っていた。
「その男は今、荒野にいる」
「照会状によれば」
「誰がその辞令を出した」
王は辺境伯の照会状に添えられた辞令の写しを指した。
王家の印章。グレイス荒野管理官。
「余の記憶にない」
王は写しを指で押さえた。
「王の名で印を押すのは官房だ。余が一枚一枚見るわけではない。……だが余の知らぬ辞令が出て、余の知らぬ管理官が荒野にいるのなら、手続きのどこかに手を回した者がいる」
ガルドの顔が白くなった。
「……官房に問い合わせさせます」
バルテンが静かに言った。
王は頷いた。
◇
「陛下」
声を上げたのはレオンだった。
「アレンの除名は私の誤りです」
「レオン!」
ガルドが叫んだ。レオンは振り返らなかった。
「帳簿のことは私はまだ確かめておりません。ですが装備のことは確かです。五年間、私の剣が一度も折れなかったのはあの男のおかげでした。それを私は地味だと言って捨てた。……私の誤りです」
王はレオンを長いこと見た。
「誤りかどうかは余が決める」
そしてバルテンとオズワルドに向き直った。
「グレイス荒野へ使いを出せ。王の名において管理官アレン・グレイを王都に召喚する。辞令の経緯と切れぬ付与とやらを本人の口から聞く。……丁重にだ。縄で引いてくるな」
「はっ」
◇
謁見が終わり、六人が廊下に出た。
ガルドは誰とも目を合わせずに早足で去った。
レオンはその背中を見て追わなかった。
オズワルドがミリアの横で足を止めた。
「聖女様」
「はい」
「王の使いは早くて十日で荒野に着く」
老人は声を落とした。
「……それより先に動く者がいる気がしてならん」
ミリアはガルドの消えた廊下の奥を見た。
「急いだほうがいい。聖女様が行くおつもりなら」
ミリアは杖を握りしめた。
十日。王の使いが着くまでに十日。
ガルドが動くならそれより早い。馬を飛ばせば荒野まで七日。
「……明日の朝、発ちます」




