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第12話 王都の調査

 ──これも俺の知らないところで起きていた話だ。俺が荒野に来てふた月近くが経った頃の。


 ◇


 ワイバーンの後、勇者パーティは三度戦い、三度退いた。


 一度目は魔王軍の斥候部隊。二十体ほどの下級魔族に、ワイバーンで折れた剣の次に買った二本目の剣も折れ、ガルドは腕に呪詛を受けた。

 二度目は国境の砦の防衛。以前なら一晩で追い返していた規模の襲撃に三日かけて、砦の半分を焼かれた。

 三度目は退路の確保。それだけが任務だった。

 ヴァンスは後方で負傷兵の護衛に回され、前線に戻れなかった。レオンの剣の炎は三時間きっかりで消えた。敵はそれを待っていたように押し寄せた。兵を十二人失った。


 王都の酒場で「炎の勇者」の歌はもう歌われなくなっていた。

 代わりにこんな声が聞こえるようになった。


「炎の勇者様がまた負けたってよ」

「炎の、じゃねえ。三時間の勇者だろ」


 ◇


 王城の一室に五人が集められた。


 勇者レオン。魔術師ガルド。聖女ミリア。付与術師ヴァンス。

 そして調査を命じられた軍務卿バルテン。


「陛下はお怒りではない」


 バルテンは最初にそう言った。


「お怒りではないが、不審に思っておられる。四天王を退けた勇者がなぜ斥候部隊に敗れるのか。何が変わったのか。……変わったものは一つしかない」


 全員の目がヴァンスに向いた。


「わ、私の付与は王立付与術師ギルドの規定通りです。炎の付与、持続三時間。威力評価は最上位。間違いなど」

「それを調べるためにもう一人呼んである」


 扉が開き、白髪の老人が入ってきた。

 王立付与術師ギルド長オズワルド。王国の付与術師なら全員がこの男の書いた教本で学んでいる。


「ヴァンス君の仕事はわしも見た」


 オズワルドは椅子に座る前に言った。


「規定通りだ。三時間で切れる。威力は十分。文句はない」

「では、なぜ」

「なぜ負けるのか、だろう。……それはな、軍務卿。ヴァンス君の付与が悪いのではない。前が良すぎたのだ」


 部屋が静かになった。

 ヴァンスが膝の上で手を握りしめて小さく呟いた。


「私は……規定通りにしただけなのに」


 誰もそれに答えなかった。


 ◇


「前任者の名は」

「アレン・グレイ」


 答えたのはガルドだった。早口だった。


「無能でした。ギルドの記録をご覧いただければ分かる。威力評価は最低。炎一つ満足に纏わせられない男だ。だから除名した」

「記録は見た」


 オズワルドは懐から一枚の紙を出した。


「威力評価、最低。……そして『持続特化。測定不能』。わしの部下が五年前にそう書いている」

「測定、不能?」

「持続時間を測る試験でな。規定では一日計測して切れた時刻を記す。この男の付与は一日経っても切れなかった。だから『不能』と書いた」

「それは、むしろ」

「そうだ。本来なら『持続、一日以上』と書いて上の評価に回すべきだった。だが部下は『測定不能』を『試験に失敗した』という意味で書いた。威力がないのだから持続が長くても意味がない、とな。……わしもその紙を見て疑わなかった」


 オズワルドは紙を折り畳んだ。


「当時のわしなら同じ評価をしただろう。教本にそう書いてある。『付与は必ず切れる』と。……書いたのはわしだ」


 ◇


「その男が掛けた装備は今どこに」

「全て処分しました」


 ガルドが答えた。


「剣は下取りに。鎧とローブは新調して古いものは捨てた。無能の付与が残っていては縁起が悪い」

「全て、かね」


 オズワルドの目が部屋を一巡して止まった。


 ミリアの手の中の白木の杖に。


「……聖女様。その杖は」

「五年前から使っています」

「触れても?」


 ミリアは少し迷ってから杖を差し出した。


 オズワルドは杖を両手で受け取り、目を閉じた。

 長い沈黙だった。


 やがて老人の手がわずかに震えた。


「……生きている」

「は?」

「付与がまだ生きている。五年前の付与が。……切れておらん」


 ガルドが椅子を鳴らして立ち上がった。


「あり得ない。教本に」

「教本を書いたのはわしだと言っている」


 オズワルドは杖をミリアに返し、ガルドを見た。


「聖女様の聖力が杖に残っているだけだ、と言いたいのだろう。わしも最初はそう思った。だが違う。これは付与だ。わしが六十年触ってきた付与の手触りだ」


 老人は自分の指先を見た。


「付与はな、切れる前に必ず『ほつれ』が出る。糸の端のようにな。六十年、わしはそれを探して触ってきた。掛けたばかりの付与でも端はある。……この杖には端がない。どこを探しても」


 ◇


 調査は継続と決まった。


 バルテンは「前任者の付与の性質について、ギルドで再調査を行う」とだけ記録した。

 前任者の名は書かなかった。ガルドが「記録に残す価値もない男です」と言い、バルテンもそれ以上は聞かなかったからだ。陛下への報告書にアレン・グレイの名は載らない。


 ガルドは最後まで「無能だった」と繰り返し、オズワルドはそれ以上何も言わなかった。


 部屋を出るとき、オズワルドはミリアの横で足を止めた。


「聖女様。一つだけ」

「はい」

「その杖に掛けたのは本当にアレン・グレイという男かね」


 ミリアは杖を握りしめた。


「……はい。五年前、パーティに入った日に。『派手な効果は無理なんです。でも切れないようにはしておきました』と」


 オズワルドは何も言わずに頷いて歩き去った。

 その背中が少しだけ丸くなったように見えた。


 ◇


 廊下でレオンがガルドに言った。


「なあ、ガルド」

「何だ」

「アレンは本当に無能だったのか」


 ガルドは足を止めなかった。


「当たり前だ。記録を見ただろう。評価は最低だ」

「だが、ギルド長は」

「老いぼれの戯言だ。五年前の付与が生きているなど、あってたまるか」


 レオンはそれ以上聞かなかった。

 ただ、腰の三本目の剣に手を置いた。この剣もいつ折れるか分からない。


 ◇


 その夜。


 オズワルドはギルドの書庫で、軍務卿の記録とは別の自分の帳面に書き付けた。


『アレン・グレイ。持続特化。五年経過後も付与の消失を確認できず。再調査を要す』


 ペンを置いて、老人は長いこと天井を見ていた。


 もしこの男の付与が本当に切れないのなら。

 この国の付与術の常識が全部ひっくり返る。


 ──そして、その男を追放したのはこの国だ。

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