第10話 ここを町にする
七人の役割は三日で決まった。
ベルタはマーサの窯を手伝うと言った。「町の宿でパンを焼いていたことがあるんです」。マーサは何も言わずに自分のエプロンを一枚渡した。
オットーとグレタは畑を選んだ。ラッセルで取られた畑と同じ麦だと知って、老夫婦は北の畑の土を長いこと手で握っていた。
子どもたちはミナの「下の子係」に加わった。ハンナは早速ミナと喧嘩した。
ニコだけが何も言わなかった。
四日目の夜、俺は北壁の上に人影を見つけた。
ニコだった。手に、どこで拾ったのか古い槍を持って荒野の闇を見ていた。
「……見張りを、と思って」
それだけ言った。
槍の持ち方が素人のものではないことに、俺は気づかないふりをした。聞けばこの人は出ていってしまう気がした。
「じゃあそれが役割です。夜の見張り」
ニコの額に手を当てる。
今度は掛かった。
◇
ドルフの言った通りだった。
七人の次の週に四人。その次の週に九人。
ラッセルの噂を聞いた者、街道で「北に麦の村がある」と聞いた者。全員が荷物を持たずに門の外に立った。
俺は全員の名前を聞き、空き家に案内し、役割が決まるのを待って付与を掛けた。
空き家はすぐに足りなくなった。ゲルトが屋根を直し、若い男たちが壁を積み、それでも追いつかない。
そして麦。
「次の畑が要る」
リーゼが帳面を広げた。ドルフの銀貨で買った、村で初めての帳面だ。
「五十人。冬を越すには北の畑の倍」
「……五十人」
「今朝全員数え直したら五十人よ。おめでとう、管理官殿」
おめでたくはなかった。
◇
俺は北壁の外に立った。
村の北側に広がる、ただの荒野。赤茶けて、ひび割れて、何も生えていない。
ここを畑にする。北の畑と同じように豊穣を掛ければ。
ただ、北の畑は村人が二十年「北の畑」と呼んできた、名前のある土地だった。
ここはまだ何でもない。
「名前をつけましょう」
「名前?」
「北の畑の外。……新しい畑。みんながそう呼ぶなら」
リーゼが腕を組んだ。
「じゃあ『新畑』。安直だけど」
「いいと思います」
リーゼはその足で広場に戻り、「北壁の外は今日から新畑」と触れ回った。昼までには子どもたちまでがそう呼んでいた。
午後、俺は荒野の地面に手を当てた。
新畑。五十人が冬を越すための麦を育てる場所。
できるだけ広く。北の畑の倍。いや、三倍あってもいい。これから来る人のぶんも──
「豊穣」
手のひらから、何かが染み出していく。
重い。北の畑のときよりずっと。
それが止まらなかった。
足元からどこまでも広がっていく。俺が「ここまで」と決めていなかったからだ。欲張った。三倍、と思ってしまった。
体の中から何かが抜けていく。膝が笑った。
「アレン!?」
視界が暗くなった。
◇
目を覚ましたのは、村長の家の藁の上だった。
窓の外が夕焼けだった。翌日の夕焼けだと後で知った。
「……馬鹿」
枕元にリーゼがいた。目が赤い。
「丸一日起きなかったのよ。ニコが北壁の外で倒れてるあんたを見つけて担いできた」
「すみません。……畑は」
「土の色は変わってた。北の畑の五倍くらい」
「五倍」
「でも薄い」
リーゼは帳面を閉じた。
「北の畑のときは土が黒くなった。今度は茶色が少し濃くなっただけ。掛かってるのかどうか、撒いてみないと分からない」
俺は天井を見た。
そうか。
範囲を決めなかったから力が尽きるまで広がった。五倍で止まったのは、そこで俺が倒れたからだ。
そして広がった分だけ薄くなった。同じ量の水を五倍の畑に撒いたのと同じことだ。
井戸は一瞬。畑はその十倍。三十人を回れば筋肉痛。範囲を決めずに掛ければ一日眠って、しかも効かないかもしれない。
──一つだけ分かった。「できるだけ広く」はやってはいけない。
「次からちゃんと決めます。どこまで、って」
「当たり前でしょ」
リーゼは帳面を叩いた。
「種麦は北の畑の分を全部新畑に撒く。芽が出なかったらそれで終わり。出ても収穫まで十二日。その間の麦は……ドルフの次の荷が頼りよ」
「……すみません」
「謝るくらいなら起きなさい。みんな待ってる」
◇
広場に五十人がいた。
二十年、三十人だった村。その半分近くがこの半月あまりで来た人たちだ。
ハンスが杖をついて前に出た。
「もう村ではない」
誰にともなくそう言った。
「三十人なら村だ。五十人でまだ増える。商人が月に二度来る。戸が増える。毎週知らない顔が門に立つ。……二十年、わしが知っていたノルド村はもうない」
ハンスは杖を握り直して、俺を見た。
「管理官殿。ここは何だ」
五十人が俺を見ていた。
俺は少し考えた。
王都で五年間何も決めなかった男が、今、何かを決めなければならない。
追放された日のことを思った。
鍬を構えたリーゼのことを。苦い水のことを。畑の隅の一掴みの芽のことを。門の外に立っていた七人のことを。
「──町にします」
声が思ったより大きく出た。
「ここをノルドの町にします。来た人を追い返さない町に。……水があって、麦があって、壁がある。足りないものはこれから作ります」
沈黙があった。
「なら俺は屋根を直す」
最初に声を上げたのはゲルトだった。
「私はパンを焼く」とマーサ。
「畑」とオットー。
「……見張る」と北壁の上からニコ。
双子が「俺たちは」「何する?」と顔を見合わせ、ミナが「下の子係!」と怒鳴った。
気がつくと五十人が口々に何か言っていて、誰が何を言っているのか分からなくなった。
リーゼだけが隣で腕を組んだまま、小さく言った。
「……管理官殿が言うなら、そうなんでしょ」
◇
同じ頃。王都ラグナ、王立武具商会。
「あの剣を買い戻したい」
勇者レオンはカウンターに銀貨の袋を置いた。
店主は困った顔をした。
「申し訳ございません。三日前に売れました」
「……売れた? あんな地味な剣が」
「旅の商人が。『北へ持っていく』と」
「北」
レオンはしばらく黙っていた。
「どこの商人だ」
「存じません。小柄な年寄りで煙草の匂いがしました。ただ、妙なことを言っておりました」
店主は声を落とした。
「『この剣、研いでないのに新品より鋭い。こういう仕事を俺は一人だけ知っている』と」
◇
宿に戻ったレオンに、ガルドが言った。
「まだ言っているのか、あの剣のことを」
「……ああ」
「たまたまだ」
ガルドは窓の外を見た。
「……たまたまだ」




