4章
その年の秋も終わり、町中も白く染まりだした頃だった。僕は皿洗いのバイトを始めていた。
「キョウ、カアサンガシンダ。ソウギアス」、アルバイトの最中に、メールが健二から突然届いた。僕はそれまで母の見舞いには一度しか行っていなかった。
僕が帰えると、その日は出勤だったはずのすず子が、なぜか部屋にいた。
「どうしたの?」
すず子が不思議そうな顔をして、僕に尋ねて来た。
「い、いや……」
すず子には、母のことも、健二のことも何故か話せずにいた。
「何があったの?」、彼女の視線が痛かった。
「じっ、実はお袋が亡くなったらしいんだ」
「えっ、お母さんがいらしたの?」
「今日の葬儀、君も婚約者という事で、頼む」、そう言って、すず子を連れて、僕らは安っぽい喪服に身を包み部屋を出た。
病院に着くと、僕らは病室の片隅の窓際にある小さな椅子に腰を下ろした。一度だけ見舞いに来たことのある病院だった。
病室に入った僕らはベッドで眠る、もう何も言わない母に手を合わせた。母からコーヒーの臭いがした。
「苦しまずに、眠るように亡くなりました」
医師が、僕を見て優しく言った。
その言葉を聞いただけで僕はホッとした。
葬儀が始まると、僕らは隅っこで二人、酒を飲んでいた。知らない祖母さん達が大勢来ていたが、僕はただ頭を下げるしかなかった。そこへ弟の健二が高そうな喪服を着て僕に声をかけてきた。健二はすず子にろくに挨拶もせずに、表情を少し歪めた。
「どんなんだい、調子は?」
「えっ……」すず子にろくに挨拶もしない弟に驚いた。
「頑張ってるんだろう?」
そう言うと健二は立ち上がり、振り向きもせずに席を離れていった。
二人は初対面のはずだった。ところが、健二とすず子は、ろくに挨拶もせず、すず子は始終俯いていた。
葬儀が終わり、最後に見た母の遺影は、僕に向かって、微かに微笑んでいた。
その日、僕とすず子は、まともに親族に挨拶もせず、斎場を後にした。そのバスの中ですず子が言った。
「知らなかったの……」。あなたが健二さんのお兄さんだったなんて」
「やっぱり、弟を、知っていたのか」
すず子は、少し俯いた。
「昔、少しだけ……」
その言葉が妙に胸に引っ掛かった。
少しにも色々ある……。
「少しだけ……」僕は繰り返した。
「昔に半年ほど付き合って別れたの……。それだけの話よ。お願い信じて」
あまりに、突然の、消え入りそうな、告白だった。
「どうして、俺と健二の事を知った?」
「この前、あなたに、健二さんから電話があった時、あなた、私の名前を健二さんに教えたでしょ、あの後、健二さんから私に電話があったの。それで……」
そういえば、この前の日曜日にすず子は一人で出かけていた。
「携帯を見せてみろ」僕は彼女に言った。
「健二さん、あなたのこれからの事心配してたわ」
すべてが物語じみて思えた、すべての出来事がつくられた出来事の様な、誰かがその本を閉じればすべてそこで終わる様な……。
僕は一人で歩き廻っていた。
すず子は携帯を開いて僕に見せた。すると、弟の履歴が一つ残っていた。三日前の履歴だ。そういえば、三日前の日曜日に彼女は一人で出かけていた。
だが、それだけの話だ。彼女は何も悪くない。信じてはいる。しかし、僕はなぜかその時、彼女と一緒にいられなかった。
僕は混乱していた。僕は気が付くと一人で知らないバス停で降りていた。
少しだけ、僕は考え続けた。
時間はまだ、5時を過ぎた頃だった。札幌の10月はもう寒く、一日は短い。しかし、その日の一日はいつもの一日に比べてどこか長い。
表は静かに雪が降り始め、風は切れるように冷たかった。白い冬の街中が、闇で染まり始め、夜が広がってきた。




