7.
きゅっとコルセットを締められ、髪も優雅に結い上げられると、急に大人になったような気がする。鏡に映るエメリーネは、まるで新たな人生を踏み出す者のように輝いていた。
ガレッティ国では、貴族令嬢は十六歳から十八歳でデビュタントとして社交界にデビューし、そして十八歳で成人とみなされる。
エメリーネの十七歳の誕生日パーティーは、社交デビューの日でもあった。
本来、十六歳の誕生日でデビューするはずだったが、王妃の急逝により中止となったためだ。あれから一年、今度こそガレッティ国の唯一の王女エメリーネが華やかにデビューする。
パーティー開始前、国王とエメリーネのもとには謁見を求める人々が列をなし、祝いの言葉と豪華な贈り物が贈られた。色とりどりの花束、宝石がちりばめられた扇、絹のショール、その一つ一つが、ガレッティ国の未来を担う王女への期待を物語っていた。
「エメリーネ様、首飾りはこちらのものでよろしいでしょうか?」
シーラが手にしているのは、大きな紅玉が埋め込まれた首飾りである。母の形見であり、王家の誇りを象徴する一品だ。
「ええ、それでお願い」
デビュタント用の純白のドレスに、紅玉が鮮やかに映える。肩を大胆に露出したデザインは、肌の白さを際立たせ、胸元の花モチーフのレースが上品さを添える。腰はきゅっと絞られ、幾重にも重ねられたフリルが動くたびに光を反射し、まるで白い波が揺れるよう。
「ティアラも赤いものを」
赤――。
それは王族の象徴とも言われる色。王族の血を引く者は、瞳が赤いからだ。
王妃が赤い宝飾品を好んで身につけていたのは、国王の瞳の色にちなんでいるとも言われている。そのため母の形見の品は赤い宝石のものが多く、彼らの愛情が宿っている。
「エメリーネ様、お似合いです」
シーラがうっとりと言うものだから、エメリーネは微笑みを返した。鏡に映る自分は、かつての無知な王女ではない。両親を失い、悪意に晒された二十二歳の強さを持つエメリーネだ。
「陛下の準備も整ったようです」
エメリーネをエスコートするのは、もちろん父王である。
王妃が亡くなって以降、気力を失いがちな国王だが、それでも今日は特別な日だ。エメリーネのデビューを誰よりも喜び、王妃にもこの姿を見せたかったと涙ぐむほど。
「お父様、しっかりなさってくださいな」
大広間へと続く回廊で、エメリーネはビシッと声をかける。
「ああ、そうだな。今日はおまえの晴れの日だ。世界中の誰よりも美しいよ」
「まあ、お父様ったら。そう言って、お母様を口説いたのでしょう?」
国王が王妃を溺愛していたというのは、有名な話だ。そんな二人の間に生まれたエメリーネも、両親の深い愛情を注がれて育った。
だから、籠の中の鳥でもあった。この世界の醜いものには触れないようにと、この十七年間、蝶よ花よと大切に育てられた。
でも心は違う。両親を失い、人の悪意に晒され、暴言や罵倒も辞さない二十二歳のエメリーネである。
大広間の扉の前には侍従や騎士らがずらりと並んでいた。彼らの前を通り過ぎれば、恭しく頭を下げてくる。
またエメリーネは、彼らがそれぞれ違う色の空気をまとっていることに気がつく。
騎士の一人は黄色、とある侍従は灰色、別の者は白や緑、黄色だが、シーラや父王からはその色のある空気が見えない。
そしてアルマスは黒で彼の秘書官は灰色だった。
(人によって色が違う……? それに、なぜ色のある人とない人がいるの?)
不思議に思うが、今はそれどころではない。
アルマスの黒色が脳裏をよぎった。あの不気味な感覚は、思い出しただけでも身震いしてしまう。
国王の合図を受けた侍従が、背丈の倍以上もある荘厳な扉を開いた。大広間には絢爛なシャンデリアが煌々と輝き、壁には王家の紋章が刻まれたタペストリーが揺れる。
「エメリーネ王女のご入場です」
父王にエスコートされ、大広間へ一歩踏み出すと、楽団による華やかな演奏が始まった。
一歩、一歩、王女エメリーネの存在を誇示するように歩を進めれば、拍手と歓声が、吹き抜けの大広間に響き渡る。国王が壇上の玉座へと座り、エメリーネもその隣に腰を落ち着けた。
国王が右手をゆっくり上げると、会場は静寂に包まれた。
たくさんの人々が集まっている。そしてやはり、各人が色のついた空気に包まれているのだ。主に黄色の空気をまとっている者が多い。他には、白や緑といった空気の人もいる。
(やっぱり、それぞれの人にそれぞれの色がある? だけど、色のついた空気を持つ人と持たない人の違いは何……?)
国王が口を開き、エメリーネは考えるのをやめた。
「今宵は、王女エメリーネの誕生日を祝う場に集まっていただき感謝する」
王妃が亡くなってからというもの、国王が公の場に姿を現すのは、これが初めてだ。誰もが固唾を飲んで、王の言葉に耳を傾ける。
「この未来ある若き王女が、皆からの祝福を受けつつ、その志を大いに発展させられることを願っている。王の名において、諸君すべての繁栄と幸福を、心より祈る。以上で我が言葉を終える。これより、この祝宴を存分に楽しんでいただきたい」
広間には国王の穏やかな声の余韻が残り、言葉を発する者は誰もいない。
続けてエメリーネが微笑みを浮かべ、口を開いた。
「本日は、お集まりいただき誠にありがとうございます。この場に集まってくださった皆様との絆こそが、これからも歩むべき道をしっかりと支えてくださるものだと信じております。そしてわたくしも、皆様に敬意と愛情をもって接することのできる存在となれるよう、精一杯、努めてまいりたいと存じます」
その場にいた誰もが、鳥の歌声のような可憐なエメリーネの声に聞き入った。
会場を見渡すと、色とりどりの空気が揺らめいている。黄色が最も多く、白や緑も見えるものの、黒い空気は遠くに見えるだけ。
(この色の違いは何? わたくしにだけ見えるこの力は……?)
「どうぞ、本日の宴を心ゆくまでお楽しみくださいませ。皆様との歓談のひとときを心より楽しみにしております」
エメリーネが楽団の指揮者に視線を送ると、静かに演奏が奏でられた。




