58.
「わ、私は……盗んでおりません。王妃様のものは盗んでおりません! それを盗んだのは恐らく……」
クロック公爵の背後には灰色と紫が混じったようなオーラがめらめらと燃えており、それは赤黒く変化する。
「た、タルボット宰相閣下です」
「な、何を言う。クロック公爵。気でも触れたか?」
ざわつく場内を静かにさせたのは、国王だった。
「みな、静粛に。この場は、我が娘、エメリーネの婚約者を認める場だと思っていたが……どうやら宰相にはいろいろと疑惑があるようだ」
「陛下、誤解であります。これはすべて、この若造が……」
アルマスが慌てて取り繕ったところで、彼に向かう疑いの目が少なくなるわけではない。むしろアルマスが口を開けば開くほど、その疑惑の種は育っていく。
オディロンは唇に薄く笑みをのせた。
「宰相閣下。私の話はまだ終わっておりません。この若造の話を最後まで聞いてくれませんかね」
その言葉に一人が拍手をすると、他の者も同じように拍手をし始め、オディロンを後押しする。
「ありがとうございます」
拍手を制したオディロンは先を続ける。
「みなさん。半年前、国境のリマンドの街に蛮族が押し寄せてきたのを覚えていますか? あの時期に蛮族が街を襲うのは珍しいだけでなく、リマンドの街はコソラ辺境伯の領地であったと記憶しております」
「そうですが、それが何か?」
コソラ辺境伯は、椅子に座ったまま腕を組み、こめかみをひくつかせた。
「辺境伯なら私兵をお持ちでしょう? 本来であれば蛮族など、わざわざ国軍を動かすまでもないのではありませんか?」
オディロンの指摘に、他の者も「そういわれると……」と半年前の出来事でありながらも、関心を寄せる。
「だが、国軍を出すと決めたのは陛下ではありませんか? きっと、リマンドの街を思ってのことでしょう」
コソラ辺境伯が反論する。
「申し訳ない、ベルジュ公爵」
国王の謝罪に、また視線が一斉に動いた。
「半年前の余は、記憶が曖昧であった。確かに承認したのは余だが、なぜそうなったかを覚えていないのだ……」
「つまり、誰かが陛下の記憶が曖昧になるような毒物を飲ませていたと、そう考えるのが妥当でしょうか?」
オディロンが尋ねてみたものの、国王は答えられない。だが、半年前の国王と今の国王。その違いは誰が見ても明らかだ。
「誰が、そのようなことを?」
アルマスの言葉はわざとらしいが、まだアルマスは自分の不正を認めていない。オディロンが次から次へと言葉にしても、確実な証拠が欠けているからだ。
「ところで宰相閣下。近頃、ふらつきや身体の震えなどありませんか?」
オディロンがまたアルマスを見据えると、彼は血走った目を大きく見開いた。
「いえ。宰相閣下がいつも飲んでいるお茶は、国王陛下と同じものだとお聞きしておりますが、体調に変化はございませんか?」
「な、なんだと……?」
目の前で両手を広げるアルマスだが、その指先はぷるぷると小刻みに震えている。
「あの鉱物を、私の飲み物に? いや、あれはエメリーネ様からの贈り物……エメリーネ様、私を謀ったのですか! 私にも毒を盛ったのですか!」
怒りに満ちるアルマスの姿を見れば、彼が国王のお茶に毒を混入させていたと理解しただろう。そして、今までのオディロンの言葉が真実であったと。
「宰相閣下、何か勘違いされているようですが。近頃、陛下が飲まれているお茶は、カウフ子爵領のシナモンティーですよ? あれは健康にいいそうですが、飲み過ぎると副作用を起こすようです。手の痺れとか、ふらつきとか……」
「なに……?」
そこで慌ててアルマスが取り繕ったところで、彼が国王のお茶に毒を混ぜていたという事実が覆るわけでもない。
「衛兵、この者を地下牢へ」
国王の言葉に従い、すぐに兵士がアルマスの身柄を拘束したが、そこで王はふらりと倒れそうになった。自分の飲み物に、アルマスの手によって毒となるものが混入されていた事実に、呆然としつつ身体から力が抜けたのだろう。
「陛下」
国王の身体をすぐに支えたのは、ラモン伯爵であった。
「陛下、お話をお聞きください」
身体を拘束されながらも、アルマスは弁解しようと声を張り上げた。
「お黙りなさい、アルマス」
エメリーネの鋭い声が飛んだ。
「あなたの処遇は軽々しく決められるものではありません」
オディロンやベルトルト、レジス王太子がゆっくり移動し、エメリーネに寄り添った。他の者もまるでアルマスから守るように、エメリーネの周りを囲む。
「……この悪女が! そうやって男をたぶらかしたのか! 私の気持ちも弄んだのだな?」
アルマスから真っ黒いオーラが放たれると、それはアルマス自身を包み込み彼の姿が見えなくなった。
「エメリーネ王女が悪女だと?」
オディロンが声高らかに言い放つ。
「このような聡明な女性をつかまえて悪女と呼ぶのは間違えていないか? とうとう耄碌したようだな、宰相閣下」
黒いオーラに覆われたアルマスの表情はよくわからない。
「恐怖でこの国を支配しようとした、おまえの負けだ」
オディロンの言葉にエメリーネははっとする。アルマスはまだ、直接、国政には手を出していない。その前段階で父王やエメリーネを操ろうとしていただけ。
なぜオディロンはそのようなことを言ったのだろうか。
「はなせ! さわるな! この国は私がっ……」
わめくアルマスは、衛兵によって強制的に議会場を退場させられた。
その後、ラモン伯爵が議会を仕切り直し、エメリーネとオディロンの婚約が承認された。二人は一年の婚約期間を経たら、結婚式を挙げる予定である。




