57.
そして最後に、オディロンはゆっくり立ち上がった。
おそらく三分の二ほどの人間は、エメリーネとオディロンを認めただろう。聖職者であるデオバルトも堂々と立っている。
残る三分の一は、未だアルマスに弱みを握られている人間で、彼らは下を向いて顔を逸らしていた。
「認めない。こんな結果、私は認めないぞ!」
拳をにぎりしめたアルマスがわなわなと身体を震わせる。
「嘘だ。おまえたち、騙されているのだ。そのベルジュ公爵に!」
オディロンに向かって、ビシッと指をつきつけるアルマスだが、その指先はぷるぷると小刻みに震えている。
「見苦しいですよ」
第三者の声が割って入り、皆、その声の主へ顔を向ける。
レジスだった。
「この国の議会の採決は多数決。今も過半数以上の者が認めたのですから、あなた一人の意見で覆るはずがないでしょう。いい加減、二人を認めたらどうですか?」
レジスの言葉は正論であり、彼は何も間違ったことは言っていない。
反論できないアルマスは、奥歯をぎりぎりと噛みしめ、身体を震わせている。だが、今度はすぐにオディロンに向き直った。
「オディロン・ベルジュ。貴様、いったい何をしたんだ。そうでなければ、このような結果になるはずがない」
アルマスから、無数の黒い蛇がオディロンに向かって飛びかかる。しかしその蛇も、オディロンのすぐ目の前でピタリと動きを止めた。
「私は何もしておりません。しいていうなら、エメリーネ王女に愛を乞うたくらいでしょうか?」
いけしゃあしゃあと言葉を放つオディロンに、アルマスは口をはくはくと開け閉めするだけ。
アルマスは立ち上がった貴族たちの一画に向かって、怒鳴りつけた。
「おまえたち、ここにきて私を裏切るのか。今までおまえたちにどれだけ情けをかけてやったと思っているんだ!」
目を見開き唾もまきちらして怒鳴りつけるアルマスとは対象的に、オディロンは冷静な声で言い放つ。
「情け……情けとは、宰相閣下が不正をして得た資金のことでしょうか?」
それに心当たりがある者は、何人もいるのだろう。さあっと顔色を変え、慌てたように周囲の者と気まずそうに顔を見合わせる。
「ベルジュ公爵。何を根拠にそのようなことを!」
血走った目に、こめかみに浮かぶ血管、アルマスは再び机を叩き、身を乗り出した。
「根拠ですか……そうですね。宰相閣下は西側に鉱山をお持ちですよね?」
「それがどうした」
「どうやらその鉱山で働いている者の多くが、体調を崩しているとお聞きしています」
「鉱山の仕事はなかなか厳しいものがあるからな。慣れない者には辛いのではないのか?」
なるほど、とオディロンは頷くものの、その顔に微かな笑みを浮かべる。
「その鉱山で働いていた者が、なぜか私に助けを求めてきたのです。身体の震えが止まらない、力が入らないと。だから私は詳しく調べたわけです。宰相閣下の鉱山では何が採掘されるのか……」
「鉱物に決まっているだろう」
「えぇ、鉱物です。自然界にあるものですが、我々だって自然のすべてを把握しているわけではありません。だから、その鉱物が人体に悪影響を与えるものかどうか、きちんと調べる必要があるわけです」
両手を広げ、大げさに演説するオディロンの姿に、その場にいる者たちは黙って耳を傾けていた。
「宰相閣下が所有する鉱山で採掘できる鉱物、あれには人体にとって有害な物質が含まれていることがわかりました。長い時間をかけて、ゆっくり地面にしみこみ、地下水に溶け出しだ。そしてその水を飲んだ作業員が、不調を訴えたというわけです」
アルマスは大きく頷く。
「そこまで調べていただき、感謝する。鉱山で働く者には、地下水を飲まないように、鉱物に触れるときには細心の注意を払うように今すぐ伝えよう」
「ほぅ。宰相閣下は、鉱物が人体にとって有害であるというのは知らなかったと?」
「もちろんだ」
相変わらずアルマスは白々しい男だ。この場にその鉱物があれば突きつけられるのにと、エメリーネは歯がゆい思いをしていたが、ここはオディロンに任せるべきだろう。
彼に力強い視線を送ると目が合った。
ふっと、余裕に満ちた笑みを浮かべるオディロン。
「申し訳ありません、話がずれてしまいました。そういえばクロック公爵。公爵が、珍しい宝石のついた首飾りを夫人にお贈りしたと聞いておりますが。何やら光りの加減によって色が変わる宝石だと」
急に話を振られたクロック公爵は、あたふたし始める。
「ええ、イニドロス国に足を運んだときに見つけまして……妻が気に入ったので買ったものです。私は決して不正など」
「もちろん私もクロック公爵が不正に手を出したとは言っておりません。ただ、その買った宝石が亡き王妃様が身につけていたものとよく似ていると……?」
「……実は、妻がその宝石が欲しいとずっと言っていたのです。だから、イニドロス国で見つけたときに……」
「それはおかしいですね」
よく通る声で、レジスが割って入る。
「ガレッティ国の王妃様が身につけていたあの首飾りは、僕の母が贈ったものです。光の加減によって色が変わる宝石。あれはジオグ国でしか採れない宝石のはずですが?」
レジスの声が響き渡ると、場内はシンと静まり返った。




