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56.

 交流パーティーから十日が過ぎ、議会が開催されることとなった。


 ガレッティ国唯一の王女であり、王位継承権第一位のエメリーネの婚約者を決める場であるため、朝議に参加している貴族たちの他にも、子爵や聖職者にも採決権がある。それによってこの場に集まったのはざっと三百人ほど。基本的には採決は多数決で行われ、過半数を超えればその案は認められるというものだ。


 今回の場合は、エメリーネが名指しした者を王女の婚約者として認めるか否か。


 そして友好国の王太子は、ガレッティ国の議会にも興味があるようで見学を希望していた。いや、レジスだってエメリーネの結婚相手の候補の一人なのだ。と、そんな理由で国王が認めてしまえば、誰も反論できない。


 エメリーネは、この日も赤いドレスを身にまとった。王族の色でもあるという赤を身につけることで、自分の地位を誇示しているつもりだった。特にアルマスに向かっての宣戦布告でもある。


 父王の後についで議会場へと入ると、室内はすでにさまざまなオーラであふれかえっていた。ひときわ黒いオーラを放っているのは、会場の前方に座るアルマスだ。国王と王女の入場に、率先して席を立ち、頭を下げる。他の者もそれにならい、国王が右手を挙げたところで、静かに着席する。


 定期的に開催される朝議は、参加する人数も限られているため、会議室の円卓を囲って行われる。


 しかし、議会となれば国内の貴族と聖職者が集まるため、国王が座る壇上からは出席者の座る場所は扇形に、そして階段状に広がっていた。


 国王とエメリーネが静かに着席すると、アルマスが前に進み出て声を張り上げた。


「では、本日はエメリーネ王女の婚約について、審議いたします」


 この場を取りしきるのは、宰相のアルマスである。彼の言葉によって議事は進む。


「エメリーネ王女、お願いします」

「はい」


 にこりともせず、エメリーネは音もなく立ち上がる。


「先日、わたくしも社交デビューを果たし、半年後には成人王族として認められます。それに先立ちまして、生涯の伴侶となる者を皆様に認めていただきたいのです。みなさんもご存じのように、我がガレッティ国では王位継承権を持つ者が二人しかおりません。わたくしに課せられる責務は重いものだと自覚しております。ですがそのようなときに、身近に愛情をもって寄り添ってくれる者がいれば、その責務に押しつぶされることなく、王族としての義務も果たせるものと思っております」


 穏やかでありながらも凜とした声に、誰もが黙って耳を傾ける。


 だがこそこそと「あれがエメリーネ王女か」と、ささやいている者もいる。この場にいる者たちにとって、お飾りの王、世間知らずの無知な王女という構図ができあがっているにちがいない。


「わたくしは、わたくしの生涯の伴侶として、オディロン・ベルジュ公爵を望みます」


 わっと驚きと歓声が上がり、議会に参加している者の視線が一斉にオディロンへと向いた。と同時に、アルマスのオーラがぶわっと黒い炎を放つ。


 当のオディロンは、表情を崩さず腕を組み、涼しい顔を続けている。


「エメリーネ王女。いったい、何をおっしゃっているのですか!」


 黒のオーラを蛇のような形に変えつつ、アルマスが反論してきた。


「何を? この場はわたくしの婚約を認める場ではありませんか? ですから、わたくしが望む伴侶の名をあげただけです」

「では、なぜ彼を……?」


 屈辱に満ちているのか、アルマスのこめかみに浮き出る血管は今にもはち切れそうだ。


「わたくしの相手として彼以上にふさわしい者がおりますか? オディロン・ベルジュ公爵は前王妹の子の子という立場にあります。王族の血もほどよく引きながらも、わたくしと結婚するには問題のない立場であると認識しております。また、国軍の第一師団長として自ら一師団を率いて蛮族を制圧いたしました」


 エメリーネは一人一人に訴えるかのように、ゆっくり首を振り、座っている者を隅から隅まで見渡した。


「現状、残念なことにこのガレッティ国は決して豊かとはいえません」

「エメリーネ王女!」


 エメリーネが何を言い出すのかと、すぐにアルマスが声を荒らげて制した。しかし、国王は手を振り、エメリーネに話を続けろと促す。こうなれば分が悪いのはアルマスである。


 エメリーネは父王に向かって笑顔で返してから口を開く。


「隣国ジオグ国は、我が国の貿易業にも協力的で、昨年よりもその輸出量は倍近くに跳ね上がりました。需要があれば生産者たちも仕事に力が入り、そこで供給量が増えればまた売り上げが伸びる。地方ではジオグ国とのやりとりが増えたことで、この循環がうまくいっていると聞いております。そしてそれに尽力を尽くしたのがオディロン・ベルジュ公爵であると」


 アルマスのオーラが蛇となってオディロンに襲いかかる。だがオディロンは姿勢も表情も崩さない。他の者は近くにいる者と意見を交わし、そしてオディロンを見やる。


「私は認めない」


 アルマスがバン! と机を叩くが、その大きな音にエメリーネは怯まない。


「わたくしの婚約者については、この議会で認められれば問題ないはずです。あなた一人の意見を聞いているわけではありません」


 エメリーネの言葉でアルマスも冷静になったようで「その通りですな」と、その声色を変えた。


「いくらエメリーネ王女がオディロン・ベルジュ公爵を伴侶にと望んでも、ここにいる者たちが承認しなければ、その婚約は認められません」

「ええ。もちろん、承知しております。そのためにも、今日はこうして、みなさまにお集まりいただいたのでしょう?」


 一人一人に訴えるように、エメリーネはまたぐるりと周囲を見回した。同じようにエメリーネを力強く見返す者、気まずそうに視線を逸らす者など、反応はさまざまだ。


「では、採決に移ります」


 アルマスは、早く結論を出したいのだろう。真っ黒いオーラは彼の頭上で渦巻いており、今にでもそれをエメリーネたちに向けてきそうな雰囲気であった。


「エメリーネ王女の婚約者としてオディロン・ベルジュ公爵を認める者は、起立してください」


 黄色、緑、紫、灰色や黒といったオーラが人々の背後から立ち上る。一瞬、ざわりと騒がしくなったが、一人、二人……と席を立てば、それに釣られるようにして席を立つ者が増え始める。

 みるみるうちにアルマスの顔色は悪くなり、蛇のような頭を持つ黒いオーラはオディロンの目の前まで襲いかかる。しかし、オディロンは声も発さないし表情も崩さない。



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