49.
エメリーネはコンストやヨハンを補佐官としてつけるようになって、たびたび朝議の場にも顔を出すようになっていた。その場に同行する補佐官はエリナではなくコンストである。これはもちろんアルマスの指示であり、エリナは「朝議に興味ないですし。だったら、その時間は自由にさせてもらいますね」と、その時間は何をしているかエメリーネも把握していない。だがエリナの性格を考えたら、怪しい毒やら薬やら何やら、作っているのかもしれない。
会議室の円卓に、ずらりと並ぶ錚々たる顔ぶれだが、定期的に行われる朝議に出席できるのは伯爵以上とされており、遠方の領地にいる者もいるため、全員が出席する朝議というのは珍しいのだ。今だって、四分の一は不在である。
そしてここにいる彼らのオーラの大半は黒っぽい色をしている。あとは見えない、もしくは黄色、緑色といったオーラの持ち主だ。
「……では、本日の議題は以上です」
議長は持ち回りで、今日はクロック公爵がその役を担っていた。彼のオーラも黒である。
「他に何かありませんか?」
一人一人の顔を確認するように、クロック公爵がぐるりと見回す。
父王の隣に座るエメリーネは、いつ、父が話を切り出すのかと気が気でなかった。エメリーネの婚約については、近いうちに朝議の場で話をすると、父は約束してくれたのだ。
「よろしいか?」
ここ一年、国王が朝議の場で自ら発言することは滅多になかった。そのせいか、一同はざわりと身体を震わせた。しかし、オディロンだけは表情を変えず、腕を組んで堂々と座っている。
「我が娘エメリーネも、先日、社交デビューを果たした。そろそろ娘の結婚相手を考えたい」
ただでさえ国王が発言したことで、普段と異なる朝議の場だというのに、その内容がエメリーネの結婚相手となれば、一同は息を呑んで言葉の続きを待つ。
「陛下、よろしいでしょうか」
アルマスが発言の許可を求めてきた。国王は頷き「許す」と答える。
「陛下がおっしゃることはもっともですが……エメリーネ王女の婚約者として、幾人か候補があがっていたと思います。そちらから決めるということでしょうか?」
大げさに両手を広げるアルマスだが、彼もまたエメリーネの婚約者候補として名はあがっている。家柄と地位、教養などなど、さまざまな観点から総合的に判断して、王配にふさわしいという男性の幾人かの名前があげられているのだ。
「それとも、他国から迎えるということでしょうか?」
国王のこめかみがぴくりと動いた。
「エメリーネの婚約者に、オディロン・ベルジュ公爵。そなたを指名する」
ざわっと場内はいっそう騒がしくなった。と同時に、ぶわっと黒いオーラがアルマスの背後から立ち上る。
「陛下……なぜ、その者を……」
そう問うたアルマスの唇は微かに震えていた。それは怒りからくる震えなのだろう。真っ黒いオーラがそれを物語っている。
「あら?」
そこでエメリーネが、わざとらしいくらいに明るい声をあげた。
「アルマスが言ったのではなくて? わたくしの婚約者は、身分よし、見目よし、地位よし、そして精力的な若い殿方がよいと。ベルジュ公爵ほどふさわしい人間が他にいらっしゃって?」
会場内の隅々にまで届くような凜とした声で伝えたエメリーネは艶やかに微笑んだ。
今までは飾りの人形のように座っていたエメリーネが発言したせいか、驚きに包まれた彼らは口をつぐむ。
そんななか、アルマスの声が響く。
「エメリーネ王女の気持ちは理解しました。しかし、そのものが王女の相手としてふさわしいか、我々には見極める必要があるのです」
アルマスの黒いオーラから勢いは減ったものの、マントのように彼の背中を覆っている。そしてアルマスの言葉に同調するかのように、彼を支持する者らは、うんうんと頷き合う。もちろん、その者たちは黒っぽいオーラをまとわりつかせている。
「アルマスがそこまで言うなら仕方ない。では、こうしたらどうだろうか」
いったい父は何を言い出すのだろうか。先日、オディロンとの仲を認めたような発言をしたというのに。
エメリーネは内心、焦りを覚えていた。チラリとオディロンに視線を送ってみたが、彼は相変わらず涼しい顔をしている。その表情からは感情はいっさい読み取れない。
「ベルジュ公爵は、候補の一人だ。他にもエメリーネの伴侶としてふさわしいと思う者がいるなら検討しよう。自薦でも他薦でもかまわん。一か月後、議会にかける。どの者がエメリーネにふさわしいかをな」
父王が堂々とここまで言い放つのは、エメリーネにとっても予想外であった。
至るところで、黒や灰色のオーラが勢いを増している。
「エメリーネもそれで問題ないな?」
父の勢いに負けて、エメリーネも「はい」と答えてしまった。
「では、以上」
朝議が終わったことを告げられ、エメリーネはのろのろと席を立つ。
「お父様……」と隣の国王に声をかけようとしたが、それよりも先にアルマスが国王に耳打ちしていた。
「エメリーネ王女。お部屋までお送りします」
コンストが抑揚のない口調で声をかけてきたが、エメリーネはその言葉に素直に従った。
エメリーネを執務室に送り届けたコンストは「失礼します」と、無表情のままアルマスの執務室へと足を向ける。彼の背後には、黒いオーラがまとわりついていた。
「おかえりなさり、エメリーネ様」
執務室に入るなり、エリナがハキハキした声で出迎えてくれた。
「今、お茶を用意します」
シーラもてきぱき動くが、エメリーネは今の朝議でぐったりしていた。姿勢を崩してソファに身体を預ける。
「朝からお疲れですね」
エリナがエメリーネの顔色を確認するように、顔をのぞき込んでくる。
「えぇ。先ほどの朝議がね……」
思い出すだけでも頭が痛いと、エメリーネは頭を押さえる。
「何かあったんですか? そろそろベルジュ公爵との婚約について発表するとか言ってませんでしたっけ?」
「ええ、リナの言うとおりよ。先ほど、陛下はわたくしの結婚について言及なさったわ。そして婚約者にベルジュ公爵を指名したのだけれど……」
シーラがコトリとカップを置いた。エメリーネはそれを手に取ると、ゆっくり香りを吸い込んでからお茶を口に含んだ。
「はぁ……落ち着くわね。ありがとう、シーラ」
「エメリーネ様。落ち着くのはいいんですが、先ほどの話の続きを教えてください。ベルジュ公爵を婚約者に指名した後、何があったんですか?」
エリナは気持ちをやきもきさせているのか、身体を小刻みに震わせていた。
「あぁ……アルマスが邪魔をしてきたのよ。だから、わたくしと結婚したい人は名乗り出るようにと、お父様が。そこで名乗りをあげた者たちから、わたくしの婚約者にふさわしい方を選ぶつもりみたい」
「うわ~、絶対に宰相閣下、立候補しちゃいますよね? エメリーネ様にふさわしいのは私だとか言いそう」
相変わらずエリナはアルマスに関しては毒を吐く。
「そうね。だから、あとはこちらの味方を増やすだけよ? 議会でアルマスではなくオディロンを選んでくれそうな人をね。あなたたち、お願いよ?」
シーラとエリナは、小さく顎を引いた。




