48.
「オディロンよ? オディロン・ベルジュ公爵。彼であるなら、わたくしの相手にぴったりだと思いませんか?」
「オディロンか……」
足を組んだ父王は、顎に手を当て考える。
「彼もまた、エメリーネの婚約者候補の一人ではある。だが、この国における彼の立場は弱い。戦うことに明け暮れ、政務をおろそかにしているのではという噂もある」
「お父様、噂は噂です。実際、彼が軍に力を入れているのは事実ですが、政務をおろそかにしているわけではありません」
ただアルマスの妨害にあっているだけだ。
「そうだとしても、エメリーネの相手として不足はないか? 近隣国の、例えばジオグ国の王子とかはどうだ?」
王妃の母国ということもあって、父王はジオグ国を贔屓しているのだ。しかもジオグ国には王子が三人いたはず。
「お父様。今、この国は決して豊かとは言えません。特に地方では貧困にあえいでいる者もおります。そのような状況で、国外の者を王配に迎えれば、逆にこの国を乗っ取られる可能性だってあります。だからわたくしは、国内の有力貴族とつながったほうがいいとは思いませんか?」
これはオディロンの言葉だ。しかしエメリーネが力強い声で訴えれば、父王も「うぅむ」と唸った。そこをエメリーネはたたみかける。
「それって、オディロン・ベルジュ公爵以外に、ふさわしい方がいらっしゃって? 彼ならば、幼いころから知っている仲でもあります」
父王は顎に手を当てたまま、何も言わない。会話のない二人の間には、気味悪いほどの静かな時間が流れる。
だが、それを先に打ち破ったのは父だった。
「王族の婚姻には、議会の承認が必要だ。彼らが認めれば問題ないだろう」
「お父様……?」
つまり父は、エメリーネの相手としてオディロンを認めたということだ。胸の奥がトクトクと音を立てている。
「ありがとうございます、お父様……」
目頭が熱くなったエメリーネは、それを父に悟られないように、お茶を飲む。
「……ところで、お父様」
カップを戻しつつ、エメリーネは話題を変える。
「わたくし、今日も聖堂へ行ってまいります。お父様はいかがなさいますか?」
ピクリと父の肩が震えた。
「そうだな……久しぶりに行ってみるか……」
エメリーネは頬をゆるめ、心の中で小さく喜んだ。
夕方になり、エメリーネは国王と共に馬車に乗り込み、聖堂へと向かった。二人で中に入り、石像の前で並んで跪く。
父と聖堂へ来たのはいつ以来だろうか。こうやって肩を並べて祈りを捧げるだけだが、ずっと臥せっていた国王にとっては大進歩である。
「お父様。わたくしは告解室でテレジア神とお話をしますが、お父様もいかがですか?」
父もできるだけ他の人と言葉を交わしたほうがいい。アルマスの息のかかった者たちは、自分にとって都合のいいことしか言わない。
「テレジア神はきっと、お母様の話を聞きたいと思います」
一年前のエメリーネも、何度も母との思い出を語ったものだ。それを否定せずに、すべてを受け入れてくれたのが、ベルトルトたち。
「エメリーネの言うとおりだ。私もテレジア神と話をしよう」
告解室へと向かう父の背に、エメリーネもほっと胸をなでおろす。そして父王の隣の部屋へと、足を向けた。
「今日は、いつものテレジア神は忙しいらしい」
ベルトルトのものではないその声に、エメリーネの鼓動は乱れた。小さな窓の向こうには、ベルトルトがいると思っていたのだ。まさか、いきなりオディロンだとは誰も思わないだろう。
「そうなのですね……では、粗野なテレジア神にお伝えします」
「それは、君なりの冗談なのか?」
「あなたがわたくしを世間知らずと言うのと一緒ですね」
エメリーネくすっと笑みをこぼせば、向こうからは呆れたようなため息が聞こえた。
「今の君は、世間知らずではない」
「今のあなたは、粗野ではありませんよ?」
くだらないやりとりであるが、オディロンと言葉を交わすこの時間は、ささやかな幸せで満たされた。
それよりも、とエメリーネは声色を落とす。
「お父様が、わたくしの相手として、オディロン、あなたのことを認めたわ。あとは議会の承認を得られればいいのだけれど……」
そこまで言いかけ、エメリーネの言葉尻はすぼんでいく。
議会に参加するような人間は、アルマスの息のかかった者たち。彼らがエメリーネの相手にオディロンを選ぶとは思えないのだ。
「心配するな。承認が得られなかったら、俺は君を奪うだけだ」
コンコンとオディロンが小さな窓を叩く。
彼がそこに手を添えると、エメリーネも窓越しに自分の手を重ねた。




