46.
「ジオグ国への輸出が増えたと、喜んでおりました」
「そうか」
「それから……」
エメリーネは、茶葉の入った缶を取り出し、それを小さな窓の前に置いた。
「お父様は毎日、このお茶を飲んでいたようです。あなたなら調べられるでしょう?」
二人きりの空間に、ぴんと張り詰めた沈黙が生まれた。
オディロンであれば、この茶葉を詳しく調べてくれる。茶葉の出所、そして何が含まれているのか。彼なら、容易く調べられるはずだ。
「エメリーネ王女はご存じか?」
彼がエメリーネをわざわざ王女と呼ぶのは揶揄うとき、もしくは本当に王女として敬意を示すとき。
「この世には、俺たちが知らないような毒が溢れているらしい」
そして薬は毒に、毒は薬になるならば、エメリーネの知らぬ毒などたくさんあるにちがいない。
「アルマス・タルボット宰相閣下は、西側に鉱山を所有しているらしいな」
高位貴族となれば、山や運河を所有している者も珍しくはない。
「どうやらその鉱山では、珍しい鉱物が採れるようだ。仕事のないような者は、そこで作業員として働いている」
採掘作業は厳しい環境でさらに力仕事であるため、どうしても貧しい者が従事する傾向にある。そのため、相場よりも安い賃金で労働者を雇うことができるが、労働者からしてみれば他の仕事よりも高給が期待できる。労働者と雇用者の生活水準の違いによって、双方が満足できているのだ。
そして採掘した珍しい鉱物は、国内はもちろんだが、諸外国に売ればそれなりの儲けになる。
「だがな、その鉱山では作業員が頻繁に入れ替わっているらしい」
「彼らにとって、鉱山の仕事は厳しいけれども、手っ取り早くお金を稼げる場所だわ。よっぽどのことがない限り、その仕事を手放すとは思えないのだけれど」
「ああ、どうやらあそこではそのよっぽどのことがあるようだ」
声色を低くおさえるオディロンに、エメリーネも思わず眉間にしわを寄せる。
「いったい、何が?」
尋ねたエメリーネの声も、狭い空間に不気味に響いた。無意識のうちに、身体に力が入っていたらしい。
「どうやら、あそこの作業員は体調を崩す者が多いみたいだな。それで働けなくなり、次から次へと人が代わっている」
まるでオディロンがその場を見てきたかのよう。
「あなた……よくもそこまで調べられたわね」
「そうだな。俺に恩を売っておこうと思う者が多いようだ。みな、喜んで協力してくれる」
この衝立の向こうで、彼がふっと笑ったような気がした。
エリナも言っていたように、オディロンは人を使うのがうまい。きっと協力者がその鉱山にいるのだろう。
「あそこの鉱山では、いったい何が採れるんだろうな……」
オディロンの言葉が、エメリーネの胸に突き刺さった。
とはいえ、エメリーネにアルマスの鉱山をどうにかする力はなく、これはオディロンに任せるしかない。
エメリーネにはエメリーネのできることをすべきだと、オディロンは静かに言い放つ。
目の前の衝立が、これほど邪魔だと思ったことはなかった。
エメリーネは慈善活動の一つとして孤児院の慰問を計画していた。訪れる孤児院も、王都の外れにあり女子修道院に併設されている場所を選んだ。修道院ではテレジア神の教えに従って共同生活を送っており、生活は質素倹約、彼女たちは独身を守る。
しかし最近では、修道士、修道女となり、テレジア神に一生を捧げたいという者が増えているらしい。
修道院に入れば、衣食住には困らないと考える者も多いのだろう。だが修道院の生活は、彼らが考えている以上に厳しいものだと言っていたのはベルトルトである。彼はまた司教として聖堂の居住区で暮らしているが、それだって決して豊かとはいえないもの。
孤児院内には、子どもたちの元気な声が響いていた。それはエメリーネの慰問を歓迎する声だ。
「オウネル侯爵夫人、わたくしはどうしたら……」
初めての慰問ということもあり、エメリーネはオウネル侯爵夫人の同行を頼んでいた。そんな侯爵夫人からオーラは見えないため、彼女が今、どう思っているのかまったくわからない。さらに、ここにいる子どもたちも同様であり、怒っているのか喜んでいるのかもわからない。
「エメリーネ様。難しく考える必要はありませんよ。何より子どもたちは、遊ぶことが大好きなのですから。遊びを通して、必要な知識を身につけていくのです」
おずおずと絵本を差し出す女の子からそれを受け取ったエメリーネは、近くにいる子どもたちを手招きし、絵本を読み始めた。




