45.
父王の元を訪れたその日、エメリーネはシーラと共に聖堂へと向かった。まだ父を外にまで連れ出すのは難しいらしい。だが、これから聖堂へ向かう日は、声をかけてみようと思っていた。
聖堂の奥へと足を勧めたエメリーネだが、今日はテレジア神の石像の前には誰もいない。胸の奥がズキッと痛むと同時に、それが寂しさからくるものだと自覚する。
(今日は、来ていないのね……)
ここに来ればオディロンに会えるかもしれないと期待していたのは事実。そしてその期待は見事に砕かれた。
シーラと並んで、テレジア神に祈りを捧げた後、近況を報告し教えを乞うために告解室へと向かう。
「少しずつ、新しい環境にも慣れているようですね」
聞き慣れたテレジア神の声は、エメリーネにとって心に安穏を与えるものでもある。
「はい。まだできることは少ないのですが……ただ、慈善活動の一つとして、孤児院への慰問を考えています」
「孤児とはいえ、彼らもまた、テレジア神によって命を与えられた者です。然るべき教育を受ければ、この国を豊かにしてくれる人材となり得るでしょう」
ここで教育を与えれば優秀な人材に成長するだろうが、彼らを突き放せば犯罪に手を染める者もいるかもしれない。
これも学ぶことの重要性の一つなのだ、というのがテレジア神の教えでもある。
「同士が、自ら考え行動することは喜ばしいですね」
衝立の向こうで、ベルトルトが微笑んだのがわかった。彼はエメリーネが行動に移しているのを、心から喜んでいる。
前の人生でさえも、彼らは「力を貸すので、王女として毅然とした態度を取ってほしい」と、何度も言っていた。それでもエメリーネが選んだのは、この国をオディロンに託すことだった。
世の中には必要悪という言葉がある。エメリーネという悪を討ち取ろうとする気持ちが、民を一つにすることを狙っていたのだ。だから悪女エメリーネは必要とされる悪だったし、エメリーネ自身もそれを受け入れた。ベルトルトたちが、エメリーネが悪になるのを止めようとしても、決してその意志を曲げることはなかった。
だから、自ら命を絶ったのだ。
「では、もう一人のテレジア神と代わります」
ベルトルトの含みを持たせた言い方に、エメリーネの胸は期待で高鳴った。先ほどよりもドキドキと激しく音を立てている。
「世間知らずの王女様は、少しは世間を知るようになったのか?」
久しぶりに声を交わしたというのに、オディロンは相変わらずである。
「粗野なテレジア神はお変わりなく元気そうですね」
たっぷり嫌みを込めたつもりなのに、オディロンにはまったく効果はなかったようで、その言葉は軽く受け流されてしまった。
「ところで、王女様は今、何をしている?」
ベルトルトとオディロンと。同じ話を二度伝えることになったとしても、エメリーネに嫌な気持ちはこれっぽっちも生まれなかった。
アルマスの監視もあって、大きな仕事はできないが、手紙を書いたりして女性同士の交流を持っていること、それから孤児院などの慰問による慈善活動を考えていることなどを伝えた。
「カウフ子爵夫人とオウネル侯爵夫人とも、手紙のやりとりをしています」
それは領地の特産品をジオグ国へ輸出するため、口添えしたことが発端だ。といっても、その辺の根回しをしたのはオディロンである。
オディロンもまた、各地の貧しい領地経営をどうすべきかと頭を悩ませていたが、彼はジオグ国の王太子であるレジスと懇意にしていた。亡くなった王妃がジオグ国の出身であり、またレジスとオディロンの年が近いというのも理由である。




