44.
次の日、エリナに執務室の留守を任せ、シーラを連れて父の居室へと向かう。アルマスの妨害を受けたらどうしようかと身構えていたが、それは杞憂に終わった。
「お父様」
部屋に入るなり、駆け寄るエメリーネを父王はやわらかな眼差しで見つめている。
「エメリーネか。どうした、突然」
「どうしたも、こうしたも。お父様が具合が悪いとおっしゃって、顔を見せてくださらないから、心配になって会いに来たんですよ?」
「そうだったか……?」
軽く首を傾げる様子を見れば、父にはその自覚がないのだろう。
「お父様。今日はお父様にご相談したいことがあるのです。殿方には聞かれたくない話なのですが……」
それで父王も察してくれたのか、人払いをする。しかし「シーラはいいでしょう? お茶の用意をしなければなりませんし」とエメリーネが甘えた声を出せば、父王は「そうだな」と覇気なく答えた。どこか、ぼんやりしているようにも見える。
「今日は美味しいお茶をお持ちしましたの。誕生日に贈り物としていただいたのですが、お父様にも飲んでいただきたいと思いまして」
エメリーネはシーラとひそひそと言葉を交わし「お父様、わたくしがお茶を淹れますね」と声を明るくする。
「エメリーネが?」
目を丸くする姿を見れば、父王が驚いているのがよくわかる。
「もう、お父様ったら。わたくしだってお茶くらい淹れられます。シーラに教えてもらいましたから」
部屋の隅に控えているシーラにチラリと視線を向けると、彼女は軽く頭を下げる。
「ラモン伯爵の娘か……」
父王は掠れた声で、ぼそりと呟いた。
「お父様はいつもどのようなお茶を飲まれているのですか?」
用意してあったティーポットとカップの隣に、茶葉の入った缶も置かれていた。
「どのようなと言われてもな。用意されたものをただ飲んでいるだけだ」
恐らくそのお茶を用意するのは、アルマスがつけた侍従だろう。
「どうぞ、お父様。こちら、ハーブティーですが、身体にとってもいいお茶なんですって」
「ほぅ?」
父王も珍しいお茶に興味を持ったようだ。微かに震える手でカップを持つと、ゆっくり口元へと運ぶ。エメリーネは父王がお茶を飲むのを静かに見守っていた。
「……うん。これは、特別に美味しい。エメリーネが淹れたからか?」
「本当ですか? では、このお茶。置いていきますわね? お父様が今まで飲んでいたお茶は、わたくしのほうで預かりますわ」
エメリーネは目配せして、シーラに茶葉の入った缶を手渡す。
「それで、お父様にご相談したいことがあって、今日はうかがったのです」
「あらたまって、どうしたんだ?」
エメリーネは、誕生日パーティー以降、補佐官をつけて政務を始めたと伝えたうえで、言葉を続ける。
「そろそろ、わたくしも婚約者を決めたほうがいいのではと思っておりますの」
父は何も言わず、カップを口元に近づけ、ゆっくり傾けた。
「だって、身の程知らずの殿方の視線がわずらわしいんですもの」
そう言うほどエメリーネは他の人と会っているわけではない。政務を始めたとはいえ、室内で手紙を見たり、書類を確認したりといったものだけ。そしてこれから孤児院への慰問を考えていた。
いきなりバリバリと仕事をこなしてあれこれ指示を出し始めたら、もちろんアルマスから不審がられてしまうからだ。
だが父王は、そんなエメリーネの様子など何も知らないのだ。
「エメリーネも結婚を考える年になったのだな……早いものだ」
王の目の色が変わった。前のときもそうだった。
父はエメリーネの結婚相手だけは慎重だったのだ。
「そうですよ、お父様。結婚したら、お父様とこうやって一緒に過ごせる時間も、減ってしまうのでしょうね」
国王は静かにお茶を飲んでいた。父として、思うところがあるのだろう。
「お父様。たまには一緒に聖堂へ行きましょう。少しでも、わたくしと一緒にいてください」
それは娘として父へ甘えたいから。と同時に、父をアルマスの手から守りたいからでもあった。
父王は「そうだな」と静かに答えた。




