43.
アルマスの執務室から戻ってきたエメリーネは、帰り際にコンストから目録を手渡された。それは母妃が管理していた宝飾類が書かれているものである。
「大女優エメリーネ様、お疲れですね」
席に着いたエメリーネに向かって、エリナがクスクスと笑いながら声をかけてくる。
「変に気を遣うから、疲れるわ……」
知らぬうちに身体にも力が入っていたのかもしれない。エメリーネは首を左右に倒し、肩をぐるりとまわす。
だが、それだけ身体を硬くした効果はあったようだ。アルマスは、エメリーネとお茶を飲んでいる間は、始終、黒っぽい黄色のオーラを放っていた。つまり、機嫌がよかった。
「エメリーネ様のお役に立てず、申し訳ありません」
エリナが重々しく謝罪の言葉を口にするのは珍しい。アルマスの部屋へ向かったときにはシーラを連れていったので、エリナにはこの部屋の留守を預かってもらった。それを気にしているのだろう。
「いいえ、あなたは十分、役に立っているわ。だから、そんなリナにお願いがあるの」
「なんでしょう?」
役に立っていると言われて満面の笑みを浮かべるエリナは、身を乗り出してきた。
「五日おきに、アルマスにシナモンティーを届けてほしいの」
笑顔だったエリナの顔はビシッと固まる。
「五日おき? 宰相閣下にですか? シナモンティーを?」
「ええ。わたくしからアルマスへの贈り物よ? 身体にいいお茶だと聞いたから、アルマスにも飲んでもらって、健康でいてほしいって、言ってきたの」
「ですが、シナモンティーは飲み過ぎると……」
「でも、わたくしはそんなこと知らないの。ただ、アルマスには元気でいてほしいだけなのよ?」
エメリーネが少しだけ口角を上げると、エリナも「そういうことですか……」と理解したようだ。
「わたくしだって、さすがにアルマスを毒殺しようとか思っていないわ。だけど、お茶の飲み過ぎでお腹を壊すくらいなら、許されるのではなくて?」
「そうですね。それが『知らない』ことの恐ろしさです。その作用を正しく知れば、毒は薬にもなるし、薬は毒にもなるのです。ちなみにシナモンは取り過ぎると、お腹を壊すよりもっと酷い症状が表れます」
時として無知は罪になる。まして、一国を治めようとする者が、無知でいいわけがない。
それなのに一度目の人生は、学ぶ機会を奪われ、無知でいることを強いられた。
「アルマスには悪いけれど……無知なエメリーネ王女を望んでいるのはアルマスよ? そんなわたくしからのプレゼントなのだから、仕方ないわよね? だってわたくしはアルマスに元気でいてほしいだけなの。だからお茶をたくさん送るのよ?」
「エメリーネ様からの贈り物であれば、宰相閣下も喜ばれるかと思います」
アルマスが父や母にした仕打ちに比べればかわいいものだろう。エリナがいれば、彼に気づかれぬよう、じわじわと毒を盛ることだって可能かもしれない。だが、彼が今まで行った所業をすべて明らかにしたうえで、しかるべき裁きを与えたかった。それが、前の人生でこの国を破滅に導いたエメリーネなりの償いなのかもしれない。
肩をぐるりと回し、身体も頭も解れたところで、エメリーネはコンストから渡された目録を机の上に広げる。
「エメリーネ様、それは?」
エリナが興味津々といった様子で顔を寄せてきた。
「お母様の宝飾類の目録よ。先日、お茶会を開いたでしょう? そのとき、クロック公爵夫人の首飾りが、お母様が持っていたものとよく似ていたから……」
「どのような首飾りですか?」
「光に当たると色が変わる宝石がついているの」
エリナ顎に手を当て、視線を宙に向ける。
「その宝石は、この国では見ないものですね」
目録には確かに珍しい宝石の記載があった。それは、光の当たり方によって色が変わるとも書いてある。どうやらこれは、母の出身国のジオグ国からの贈り物らしい。
「そうよね……ところでリナ。お母様の宝飾類を管理するのは、わたくしの仕事でよろしいかしら?」
「そうですね。宰相閣下の仕事ではないことだけは確かです」
それなのに、この目録を管理していたのはアルマスだ。彼はエメリーネに送られた誕生日プレゼントすら、手中に収めようとしていた。
「では、宝物庫に入るのに、アルマスの許可はいらないわよね?」
「もちろんです。ただ、不安であるなら陛下に相談されてはいかがですか?」
どうせ父王と会っても、宝物庫に入っても、エメリーネの行動はいずれアルマスの耳にも届くのだ。だったら、そうなる前に動けばいい。
「そうね。いつもお父様は体調を崩しているからって、会うことも制限されているの。でも、考えてみれば親子なのだから……お父様を見舞うくらいならいいわよね?」
それは一度目の人生もそうだった。特に社交デビューしてからは、なんやかんやと理由をつけられ父王と会うことすらままならなかった。そうやってエメリーネは孤立し、そこを巧妙に狙ったのがアルマスだったのだ。
今だって、エメリーネの誕生日パーティー以降、父王は体調を崩し寝込むことが多くなり、食事も別々にとるようになった。
そして、父王に代わって政務をこなしているのがアルマスである。いや、アルマスだけではない。彼の息のかかった者たち。こうやって少しずつ、じわじわとこの国はアルマスの手に堕ちていくのだ。
「そうですね。では、私が陛下の様子を確認して参ります。今日は無理でも、明日でも、明後日でも、体調のいい日にお会いしたいとお伝えすればよろしいですか?」
とにかく、ここで何がなんでも父王と接触を持っておきたい。
「ええ、お願い」
さすがに国王はその日は会うことはできないという答えであったものの、次の日、体調のいい時間を見計らってエメリーネに会うという約束を、エリナが取り付けてくれた。
いったいエリナがどんな話術で約束を取り付けたのか気になるところだが、彼女はそれを決して教えてはくれなかった。




