40.
クロック公爵夫人は笑顔を向けてきたが、その背後には黒っぽいような赤のオーラが見える。
(赤……? アルマスもよくこの色をまとっていたわね。きっと何かしら企んでいるのでしょうね。それに……)
エメリーネの視線はクロック公爵夫人の首元に注がれた。夫人が自慢げに見せている首飾りは、エメリーネも見覚えがあるものだ。
(お母様も似たようなものを持っていらしたわ。色が変わって見える不思議な宝石)
公爵夫人の首飾りは気になるものの、今日の目的はそれではなく、味方となるような女性と縁を持つこと。
エメリーネは、一人一人に声をかけ、誕生日の贈り物に対する礼を口にした。すぐにでもカウフ子爵夫人と話がしたかったが、エメリーネがいきなり声をかけては、他の者にも怪しまれてしまうだろう。この茶会では、できるだけ「平等」を心がけるつもりだった。
やっとカウフ子爵夫人の番がやってきた。
「カウフ子爵夫人。誕生日には素敵な贈り物をありがとうございます」
「もったいないお言葉でございます。本日もこのように振る舞っていただき……」
「わたくし、こちらのシナモンティーをたいへん気に入りましたの。こちらを買い取ることはできるかしら?」
「買い取りですか?」
「ええ。わたくしだけでなく、他の者にも振る舞いたいし……できれば隣国への輸出も考えているのですが」
エメリーネが声をひそめたところで、カウフ子爵夫人も状況を察してくれたようだ。
「夫に相談します」
「お願いしますね」
それからエメリーネはニースン侯爵家や、オウネル侯爵家といった、反アルマス派の夫人たちにも声をかける。今日は、招待したすべての人と言葉を交わすつもりでいた。会話のきっかけは、誕生日に対する贈り物の礼を告げるところから。
「オウネル侯爵夫人、誕生日には素敵なお花をちょうだいし、ありがとうございます」
「いえ、あのようなものしかお送りできず、お恥ずかしいかぎりです。ところで、ヨハンは王女殿下にご迷惑をおかけしておりませんか?」
息子のヨハンがエメリーネの補佐官として働いていることに気が気ではないのだろう。母親とは子どもがいくつになっても母親なのだ。
「はい。わたくしの至らぬ点を、助けていただいております」
侯爵夫人が身体の力を抜くのが伝わってきた。
「ところでオウネル侯爵夫人。そちらの生花で相談があるのですが……」
そこでエメリーネはオウネル侯爵領の花の質がどれだけ高いかを言ってきかせた。
「あの鮮やかな色は、近隣国……特に、ジオグ国では好まれると思うのです」
オウネル侯爵夫人が言うには、国内における花の需要は年々減っており、どうしたらよいのかと悩んでいるとのこと。
すでに、この国は豊かではないのだ。目に見えぬくらいの小さな穴のあいた桶から水が漏れるように、知らぬところからじわじわと資金が流れ出ている。その根源にいるのがアルマスなのだ。
「わたくしの知人が、オウネル領の花に興味を持っておりますの。紹介してもよろしいかしら?」
「はい。侯爵にも伝えておきます。是非ともよろしくお願いします」
ひととおり、言葉を交わしたエメリーネが席に戻ると、すぐにクロック公爵夫人が「楽しめましたか?」と気遣うように声をかけてきたものの、やはり彼女のオーラは黒っぽい赤のままだ。
「はい。こうやって皆さんとおしゃべりするのは初めてで……時間を忘れそうになるところでした。ところでクロック公爵夫人には、わたくしと年の近いご令嬢がおりますよね?」
公爵夫人のオーラがぶわっと勢いを増した。しかもその色が黒っぽい黄色へと変化する。
(黄色や緑は、機嫌が良いとき。どうやら、この話題は正解だったみたいね)
心の中で、密かにアルマスに感謝する。
「今度、わたくしのサロンに招待してもよろしいでしょうか? わたくしも、同年代の方とお会いする機会がなかなかなくて……」
本来であれば親のほうから子どもを売り出す場でもあるのに、そういったところはアルマス派の者たちは遠慮がちであった。
「ありがとうございます。娘も喜びますわ」
嬉しそうに微笑みながらも、公爵夫人の身体からふっと力が抜けたようにも見えた。
(アルマスね……わたくしと接触する人間を、制限しているのね)
そうでなければ、今頃、エメリーネには求婚者や友人候補がたくさん現れていただろう。それをアルマスが各家に圧力をかけているのだ。そしてクロック公爵夫人は、娘をエメリーネに売り込めとか言われていたにちがいない。エメリーネから話題にしたことで、夫人の張り詰めていた気も抜けたようだ。
(それよりも……)
やはりエメリーネはクロック公爵夫人の首飾りが気になってしかたなかった。




