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結局、彼と婚約したのはエメリーネが女王に即位してすぐ。
ニースン侯爵は「もう少し時期をみて、友好国の王子と結ばれたほうがいいのでは」と提案したが、その数日後、彼は不審な事故で命を落とした。
そしてエメリーネはすぐさまアルマスに純潔を奪われた挙げ句、不貞な女との噂まで流されたのだ。夜な夜な寝所に入れ替わり立ち替わり男娼を呼びつけると。
(アルマスとの婚約なんて、死んでもごめんだわ……って、一度、死んでいたわね……それよりも……)
そこへ、シーラが朝食を手にして部屋に入ってきた。
「エメリーネ様。お食事をお持ちしました」
「えぇ、ありがとう」
シーラの笑顔が、エメリーネの心を落ち着ける。
「では、食事を終えられましたら、お呼びください」
礼儀正しいシーラを見送って、エメリーネはスプーンを手にした。ポタージュを一口すくって、口に含む。
まったりとした濃厚な味わいが、また思考を研ぎ澄ます。
(それよりも、お父様が生きているうちは、わたくしとアルマスの婚約をお父様が反対されていたのよね)
だからアルマスは父王を邪魔だと思っていた。王配となるためには、国王が邪魔。となれば消せばいい。
(お父様が亡くなるのは今から三年後……それも、おそらく毒によって……って、ちょっと待って……)
今だからこそ、見えてくる事実がある。パンを咀嚼しながらエメリーネは考える。
(お父様が亡くなる前の症状と、お母さまが亡くなる前……同じように、少しずつ衰弱していったわ。最後には食事も水もとれなくなって……)
父王が毒殺されたのは明確だった。それはエメリーネも大人になったから、理解できた。病気であそこまで急激に悪化することはない。王妃が亡くなってから気力を失ってはいたが、エメリーネの結婚に関してだけは慎重だったはずなのに、その父が一気に衰弱したのだ。
毒によるものではないかと指摘したのはベルトルトである。彼はテレジア教の司教でありながらも、エメリーネにとっては幼馴染で、三歳年上の彼は兄のような存在でもあった。
テレジア教とはこの世界を創生したと言われるテレジアを神として崇める宗教であり、各国に聖堂がある。そこには国の代表として大司教が務めているが、テレジア教の教皇はコリオという四方を険しい山々に囲まれた国にある大聖堂にいる。だから教皇が各国の聖堂を訪れるのは数年に一度という頻度で、基本的には大司教が教皇の言葉を聞いて、民に伝えているのだ。
遠く離れた場所にいる教皇の言葉を伝えることができるのは、水鏡と呼ばれる術を使うからだと言われているが、聖職者ではないエメリーネにはその真偽はわからない。
ただガレッティ国では、昔から聖職者と王族は懇意にしてきた。そのため、大司教の息子ベルトルトとは親しい関係を築けている。
(やはり……ベルトルトは味方に引き入れたほうが得策ね)
そもそもガレッティ国の現状を教えてくれたのが、教皇だった。父王が亡くなり、外部との関係をアルマスによって遮断された。
しかしベルトルトのおかげで教皇が数年ぶりにガレッティ国を訪れることを知り、なんとか会って話を聞くことができた。
(だからあのとき、わたくしは……)
悪女になりきって国民の不満を一気に受けることを決意した。そして、王政に不満を抱かせ、反乱を起こすようにと教皇らに伝えたのだ。もちろん彼らは反対したが、今の状況でエメリーネが国民の信頼を得るのは難しいだろう。だから、徹底的に悪女になりきると決めたのだ。
オディロンが反乱軍を引き連れ、アルマスたちの首を取ったことでエメリーネの作戦は成功したと思えたが。
(だけど、どうしてわたくしは、五年前に戻ってきてしまったのかしら?)
アルマスさえいなくなればいい。あのときはそれが叶ったはずだというのに、五年前に戻ってきた理由がわからない。
そこでエメリーネはスプーンを置いた。ベルを鳴らしてシーラを呼ぶ。
扉を叩く音が響き、シーラが控えめに現れた。
「エメリーネ様……お食事を終えたばかりで、このようなことを申し上げるのは恐縮なのですが……」
「えぇ、どうかしたのかしら?」
「あ、はい……タルボット宰相閣下が、パーティーに先立ち、特別な贈り物を用意されているそうです。ですから、エメリーネ様の準備が整いましたら、お部屋にうかがいたいとのことでしたが……」
シーラの声は震え、どこか戸惑っているようにも見える。
(アルマス・タルボット……そうだったわ。プレゼントがあると言ってわたくしの部屋に来ようとして……)
エメリーネの心に、一度目の屈辱が蘇る。エメリーネの部屋へとやって来た彼は、プレゼントを渡しながらもエメリーネの身体を執拗に触れてきた。それは身体の成長具合を確認するかのようだった。
驚いたエメリーネが声をあげたため、侍女たちが異変に気づき駆け寄ってきた。だからそれ以上のことは何もなかったのだが、そのときのアルマスは、何事もなかったかのようにシラを切っていた。
「わたくしのほうから、彼のところに向かうわ。そう伝えて」
「は、はい。では、お着替えのお手伝いをいたしますね」
鏡の前に立ったエメリーネは、そこに映る自身の赤い目をじっと見つめた。
(宰相アルマス……特別な贈り物……あのときはわけもわからず素直に受け取り、パーティーのときにつけてしまったけれど……今回は……。これは、宣戦布告よ)
鏡に映るエメリーネの赤い瞳が、力強く揺れ動く。




