3.
(え? ここは? わたくし、死んだはずでは……?)
目が覚めたエメリーネはがばっと身体を起こした。しかし天国ではなさそうだ。
よく見慣れた部屋。淡い薔薇色の壁紙に花模様が描かれ、金銀の糸で縁取られている。並ぶ調度品も同系色で取りそろえられ、華やかで豪奢なこの室内は見慣れたものだった。
(ここは……わたくしの部屋?)
大きく周囲を見回し、エメリーネははっと気づく。自ら短剣を当てて切ったはずの艶やかな銀青の髪が、肩から胸に流れていた。その髪が本物かどうかを確認するために、一本だけ引っ張ってみる。
「痛っ」
根元からぶちっと音を立てて、髪が一本抜けた。銀青色の長い髪が一本だけ手に残る。
(あのとき……わたくしは自らの手でこの髪を切ったはず……)
髪を切ったざらりとした感触は、まだこの手に残っている。抜いた一本の髪をぎゅっと握りしめ、エメリーネは顔を上げた。
(生き延びた……というわけではなさそうね)
そうであれば、髪は短いままだろう。もう一度手を開けば、一本の銀青の長い髪がしゅるりと落ちていく。
(とにかく、まずは現状を把握しなければならないわね)
この部屋が自室であることは確かだ。わからないのは、今日がいつなのか。そして、なぜ生きているのか。あのとき、自分の命の灯が消えるのを確かに感じたというのに。
心を落ち着かせたエメリーネは、ベルを鳴らして人を呼ぶ。
(誰が来てくれるかしら。シーラならいいのだけれど)
シーラとはエメリーネ付きの侍女だ。ラモン伯爵家の令嬢で、彼女をエメリーネ付きにと望んだのは王妃でもある母だった。ラモン伯爵夫人と王妃の仲が良かったというのも理由の一つだが、シーラは立場をわきまえた振る舞いができた。変に王族に媚びようとしない点も評価されたらしい。
また、年齢もエメリーネの二つ上ということもあり、侍女というよりは話し相手としてつけられたのだ。
「おはようございます、エメリーネ様」
「おはよう、シーラ」
シーラの愛らしいそばかす顔を見たら、涙が込み上げてきそうになったが、ここで泣いたら彼女に変に思われてしまう。
「どうされました? エメリーネ様」
まじまじとシーラの顔を見つめていたのは無意識だった。彼女の容姿から、今がいつであるかを判断しようとしたが、どうやらシーラはここ数年、容姿が特に変わっていないらしい。
くせのある赤毛は、いつも邪魔だからという理由で一本の三つ編みに結わえてあるし、恥ずかしがり屋の彼女は大きな眼鏡をかけて素顔を隠している。だが、眼鏡の奥に見える焦げ茶の瞳は、いつも清らかに澄んでいた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと夢見が悪くて……。ぼんやりしていたわ。ところで、今日はいつだったかしら……?」
「エメリーネ様。やはり、連日の準備でお疲れなのですね? ゆっくり休んでくださいと言いたいところですが、今日が本番ですから……今日を乗り越えたら、明日はゆっくりとお休みください」
こうやってシーラが親しげに声をかけることを許されるのも、エメリーネとシーラの仲だから。
「本番……?」
「ええ、今日はエメリーネ様の十七歳の誕生日パーティーです。近隣諸国からもエメリーネ様の誕生日を祝って、たくさんの方が駆けつけてくださっていますから。ビシッとしてください。朝食は、お部屋に運びますね」
「ええ、お願い」
部屋を出ていくシーラの後ろ姿を見送り、エメリーネはふっと息を吐いた。
シーラは昔のままだ。時には姉のように厳しく言い、時には友のように励ますように言葉をかけてくれる。それだけでも胸が熱くなった。
しかし、感傷に浸っている場合ではない。
どうやら今日はエメリーネの十七歳の誕生日パーティー当日のようだ。となれば、王妃は一年前に亡くなっている。
(五年前に戻ってきたということかしら? お父様は、お母様が亡くなってからはすっかりと気を落とされてしまった。どうせなら、お母様が生きている時間まで……。いえ、わたくしは一度死んだ身。欲を出しては罰が当たってしまうわね)
エメリーネは二十二年の人生に幕を下ろした。しかし今、五年前、十七歳のエメリーネとしてここにいる。
あのとき、最期に見たのはオディロンの姿で、最期に聞いたのもオディロンの声だった。彼ならば、ガレッティ国を再建の道へと導いてくれるはず。ただ、あそこまで腐敗し、絶望に覆われた国を引っ張っていくのは、並大抵のものではない。
だからこそオディロンを選んだのだ。
(五年前……オディロンはどうしていたのかしら……? 彼はあのとき、わたくしの誕生日パーティーに来てくれなかったかも……? 国境で蛮族が暴れて……)
五年間の記憶というのも曖昧なものだ。
覚えているのは、パーティー会場でオディロンの姿を見つけなかったこと。アルマスと踊ってから、エメリーネの生活ががらりと変わってしまったこと。
(とにかく、ここからは宰相アルマスの好きにはさせないわ。お母様を失った今、お父様はポンコツ……ではなく、役に立たないから、実権はアルマスが握っているようなものだけれど……)
父王が亡くなれば、次の王はエメリーネだ。だからアルマスはエメリーネとの結婚を虎視眈々と狙っている。王になれなくとも、王配にはなれる。
(本当、蛇みたいな男……。わたくしを飾りの女王として、この国の政権をすべて握ろうとしている)
アルマスがエメリーネとの婚姻をあからさまに匂わせるようになるのは、この十七歳の誕生日パーティーからである。
(お母様がいない。お父様も気力を失った状態。だからアルマスはこれを機に……)
前の人生で彼にされたことを思い出しただけでも、吐き気がする。




