2.
「わたくしの侍女たちは……」
エメリーネの声は、炎の中でも静かに響く。
「俺の仲間が捕らえた」
「そう……あの子たちはわたくしが利用してやったの……だから、何も知らないわ……」
「それは、俺たちが決める」
彼の言葉に、ほのかな安堵が胸をよぎる。オディロンは決して無垢な者を傷つけない男だ。 彼女たちの命が保障されるのなら、もう心残りはない。
「おまえがおとなしく俺に捕まるなら、考えてやってもいい」
「意外と、甘いのね。あなたはこの場でわたくしを殺しなさい。あの人も殺したのでしょう? これから二人で幸せの門出を迎えようとしていたのに……」
心にもないことをそれらしく口にするのも、もう慣れた。
「おまえは、本当にあんな男を好いていたのか? 自分の父親と変わらぬ年の男を」
オディロンの声に抑えきれぬ感情が滲む。彼の視線が、なぜかエメリーネの心をえぐった。
熱風が頬を撫で、目がヒリヒリと痛む。
彼に本当のことを伝えたい。だが、それをしてはならない。涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえた。
「あなたには関係のないこと。さあ、早く。わたくしを殺しなさい」
エメリーネは護身用の短剣を抜き自らの髪に当てるものの、その手がわずかに震えた。それは緊張のせいなのか、恐怖のせいなのか、エメリーネ自身もよくわからない。
オディロンに気づかれぬよう、声を大きく張り上げる。
「そしてこの首を、彼らの首と一緒に城門に晒せばいい。風にさらされ、鳥についばまれようとも、朽ち果てるまで」
――ザッ!
腰まで伸びた豊かな青銀の髪を、エメリーネはためらいもせずに一気に切り落とした。髪は絹糸のように流れ、炎に触れたところはちりちりと燃え始める。
「おまえは、本当にそんな女だったのか? なぜ、こんな道を選ぶ」
エメリーネの赤い瞳と、オディロンの赤褐色の鋭い視線が交錯する。一瞬、彼の瞳が揺れた。
「なぜ? この国をこのようにしてしまったのは、女王であるわたくしの責任です。死をもって償うべきでしょう?」
「違う。これはおまえのせいでは――」
「オディロン!」
その先は聞きたくないとでも言うように、エメリーネは声を張り上げ、短剣を自ら首元へと当てる。
「あなたの情けない姿など見たくありません。わたくしを殺せないと言うのであれば、わたくしは自ら死を選びます」
これ以上、彼と言葉を交わせば、決意が鈍りそうだった。オディロンには真実を知ってもらいたいという反面、知られてはならないという葛藤がある。
だからその前に、エメリーネは行動に移すしかない。
「エメリーネ!」
彼が大きく踏み出したのはわかったが、それよりも先にエメリーネは、短剣で自らの首を切り裂いた。
目の前が真っ赤に染まり、身体からは力が抜けていく。
崩れ落ちるエメリーネの身体を支えたのはオディロンだ。
「……この国を……頼みます……」
冷えゆく身体を熱く支える彼の腕の中で、最期の願いを伝える。
「エメリーネ!!」
エメリーネの名を全身で叫ぶオディロンの姿がかすんでいき、その声すら聞こえなくなっていく。
「……なぜ、真実を話さない。おまえは――」
彼の声が一瞬震え、すぐに押し殺した。
エメリーネにオディロンの声はもう届かない。
最期に彼の指が頬に触れたような気がした。まるで熱に耐えかねるように震えながら。
かつて彼と交わした一瞬の視線が、エメリーネの胸を締めつけた。あの時、彼の瞳に宿っていたのは、憎しみだけではなかったはず。
エメリーネの目じりからは、ひとすじの涙がこぼれ落ちる。
こうして若き公爵オディロンにこの国の未来を託した女王エメリーネは、二十二年という短い人生に幕を下ろしたはずだった――




