38.
エメリーネも彼の隣に黙って膝をついたが、両手を組む前に、隣にいるオディロンにチラリと視線を向けてみる。しかし彼も真剣に祈っている最中のようで、エメリーネの視線に反応を示さない。
石像を真っすぐ見上げてから、エメリーネも静かに両手を組んだ。
「……エリナ・ナウマンはどうだ?」
エメリーネの祈りが終わりそうな頃を見計らって、オディロンが声をかけてきたが、彼は祈りの姿勢を崩さない。
「えぇ。とても気さくな方ですね。ただわたくしに足りないものをずけずけと言うので、まるであなたみたい」
エメリーネも祈りの姿のまま答えた。静寂のなか、二人の声はぼそぼそと響く。
「俺みたい、だと?」
「えぇ……リナがいると、あなたが近くにいるようでとても心強いです。それから、貴族名鑑もありがとうございます」
オディロンがすっと立ち上がる気配を感じたが、エメリーネはまだ手を組んだままだ。
「君はこの後、どうする予定だ?」
「テレジア神に教えを乞います」
エメリーネの答えを聞いたオディロンは、音もなくその場を立ち去った。
祈りを終えたエメリーネが立ち上がると、祈りの間の隅で控えていたシーラの元へと向かう。
「わたくしは告解室に行きます」
「はい。では、私は祈りを捧げた後は待合室でお待ちしております」
いつもはエメリーネの隣で祈るシーラだが、今日はオディロンの姿を見つけたため、彼女は隅のほうで控えていたのだ。こういうさりげない気遣いができるのが、シーラである。
石像の前で跪くそんな彼女を横目で見送り、エメリーネは告解室に入る。
簡素な椅子に腰掛け、小さな扉のついた衝立へと顔を向けた。
「迷える同士よ。今日はどのような話をテレジア神に伝えたいのでしょうか」
幾度となく耳にしたベルトルトの声。この声を聞けば、廃れた心に光が入り込んだかのように希望が持てたのは一度目の人生のとき。今は、寄り添いながらも背中を押してくれる力強いもの。
「はい、わたくしの近況を報告しに来ました。テレジア神の教えに従い、補佐官が三人決まりました」
特に補佐官の中でも女性のエリナは、エメリーネの味方として採用した女性。今は、エリナに指摘され、貴族名鑑にも目を通すようになったが、彼女の教育は厳しく、勉強を終えた頃にはぐったりしてしまうといった愚痴も、テレジア神は「そうですね」と穏やかな声で促していた。また、社交における振る舞い方や、王女として担うべき政務なども学んでいると伝えた。
「それから、わたくしの名前でお茶会を開こうと考えております」
「それは、よいことですね。女性にとってのお茶会は、情報交換の場であり、人と人を繋げる縁の場でもあります」
「縁……ですか?」
「そこには、同士の味方になるような方もいらっしゃるのではないでしょうか? そういった家門を見極めるには絶好の機会です」
王女主催のお茶会となれば、エメリーネに取り入ろうと考える者も多いだろう。
だが、はたしてそういった露骨な女性と親しくしていいのかは、エメリーネ自身が彼女たちの人となりを見て決めることだ。
「実は、少し迷っていたのです。お茶会を開くべきか開かぬべきか……」
「迷って悩んで出した答えは、同士にとって納得のいくものとなるでしょう。テレジア神は、この国を、国民たちを第一に考える同士の味方です」
「ありがとう、ございます……」
テレジア神、いやベルトルトに励まされたエメリーネの心は、ふわりと軽くなった。
ふと、衝立の向こうの気配が変わった。
「俺は、まわりくどい話は嫌いだ」
「はい。存じ上げております」
「それでだ、エメリーネ王女。ベルトルトとは何を話したんだ?」
突然、彼がこういった質問をする意味がわからない。
「わたくしは、テレジア神に教えを乞うただけです」
「だから、俺はまわりくどい言い方、曖昧な表現なんかは大嫌いだ。覚えておけ」
「はい、粗野なテレジア神には、はっきり伝えるということですね。そんなテレジア神に報告したいことがございます」
そこでエメリーネは、先ほどもベルトルトに報告したように、補佐官が決まったとオディロンにも伝えた。
「コンスト・イングリス……イングリス伯爵家の者か」
「ご存じなの?」
「アルマスの腰巾着だろ? 親が親なら子も子だな。なかなか厄介な人物だな」
「わたくしは彼と四六時中、一緒にいるわけではありません。わたくしの執務室にいるのは、シーラとエリナだけよ? コンストとヨハンはアルマスが指導するとか言って、連れていってしまったから」
衝立の向こうの気配が、ふっとやわらかくなった。
「それなら安心だな。変に監視をつけられては君も動きにくいだろう?」
まさしくオディロンの言うとおりだ。アルマスたちに隠れて、今、この国に何が起こっているのかを調べているというのに、彼らに知られてしまったら邪魔をされるのが目に見えている。下手をすればまた、アルマスはエメリーネを力ずくで手に入れようとするかもしれない。
おぞましい人生を思い出し、恐怖で震えそうになった身体を、エメリーネは自身で抱きしめた。
「どうかしたのか?」
エメリーネの心情を敏感に察したのだろう。オディロンは探るように声をひそめ、エメリーネを案じるような声をかけてきた。
「いえ……ちょっと怖くなってしまって……」
「これが邪魔だな」
コンコンとオディロンは衝立を叩いた。
「オディロン?」
「これがなければ……今すぐにでも君を抱きしめられたのにな」
心臓が荒波に呑み込まれたかのように苦しかったが、それでも胸の奥はあたたかなもので満たされる。
「リナが近くにいるから大丈夫よ。ときどき、あなたと一緒にいるような感じがする」
エメリーネが小さな窓にそっと手を添えた。
「それではまるで、エリナは俺の身代わりのようだな」
オディロンも同じように窓に触れ、二人の手は小さな窓越しに重なった。
「エリナの言うことをよく聞け。彼女の言葉は俺の言葉だと思えばいい」
「……はい」
「君はすぐに無理をするからな。何かあれば、エリナじゃなくて俺を頼れよ」
その言葉が、どこかくすぐったかった。




