37.
エメリーネの補佐官が三人決まったはずなのに、そのうちの男性二人、ヨハンとコンストはアルマスの執務室で仕事をすることとなった。
というのもアルマスが「いくら補佐官とはいえ、男性がエメリーネ様の執務室に常駐しているのは好ましくありません。何よりエメリーネ様は、まだ結婚されておりませんから」と飄々と言ったのが理由である。
ようは、結婚前のエメリーネに変な噂が立つのを懸念しているように見せかけているが、アルマス本人がヨハンとコンストがエメリーネの側にいるのを許さないだけなのだ。
「宰相閣下って、エメリーネ様のことをかなり意識されていますよね」
からりとした声で言ってのけるのは、もちろんエリナである。むしろ彼女くらいしかこのようなことは口にできないだろう。
「しかもエメリーネ様が『わたくし、こういったことには不慣れですから。アルマス、頼りにしているわね』なんて手を組んで上目遣いで言っちゃうから、調子に乗ってるんですよ」
相変わらずエリナはアルマスに対して辛口であるが、それにもきちっと理由がある。
ヨハンとコンストをエメリーネの補佐官としておきながら、自分の執務室で仕事をさせると言ったアルマスが「エメリーネ様。彼らに用がある場合は、そちらの女性補佐官殿を私の執務室の寄越してください」と、エリナを伝令役に指名したからだ。
本来であれば、それはもっと下級文官の仕事である。
どうやらアルマスは、エリナを補佐官とは認めたくないらしい。
「だって、アルマスの前では無知でかわいいエメリーネ王女になりきらないといけないでしょ?」
「だからですよ。宰相のやつ、絶対に勘違いしてますって。エメリーネ様に好かれてるっていう自負? それがひしひしと感じ取れるんですけどぉ」
先ほどからエリナの口からは、愚痴と不満が飛び出てくるが、エメリーネもそれを咎めるつもりはなかった。
「そうね。だから彼は女性を見下すのでしょう?」
今はその標的がエリナになっているだけ。
前の人生では、エメリーネが標的にされていた。無知な王女は女王に即位し、周囲の手を借りて国政を担っていく。その手を借りた先が、アルマスを筆頭とするアルマス派の者だっただけで。
「エメリーネ様、お茶が入りました」
お茶の用意をしていたシーラだが、そのカップからはいつもと異なる香りが漂っていた。
「あら? 今日はいつもと違うお茶なのね」
見た目はいつもと変わらぬ紅茶に見えるのに、香りがどこか独特である。
「はい。いつものお茶がなくなりましたので……贈り物を少しずつと思いまして。今日はカウフ子爵からいただいたシナモンティーでございます。リナもどうぞ」
「へぇ? シナモンティーなんて珍しいですね」
ぽそっとエリナが呟く。
「知ってるの?」
先ほどから、刺激性のある独特のにおいと甘さが混じった不思議な香りが、カップから広がっていた。
「えぇ。薬用でも使われますから。栽培にはあたたかくて湿度の高い場所が適しているんですよね。カウフ子爵領は南に位置しているから、まさしくそんな場所なのでは?」
「そうみたい。でも、あまり外には出ていないようね。これは、わたくしの誕生日プレゼントとして送られたものなのよ」
「領地内の特産品を送るのが無難ですからね。うん、シナモンの香りがよく出ていて、質のいいものだと思います」
エリナの言葉に促されるように、エメリーネも一口だけ口に含んでみた。
ピリッとした刺激が舌に残るが、あとからじんわり甘さが広がっていく。
「不思議な味がするお茶ね」
「ハーブティーなんて、みんなこんなもんじゃないですか。これ、強力な抗菌作用があって、死体の防腐剤とかにも使われているんですよね。でも、風邪の予防とかむくみにも効果があるんです。私たち女性だと、血流がよくなって冷え対策にも効果はありますね。他にもいろいろ効果はあるんですけど」
「万能のお茶なのね」
さすが毒や薬の知識に長けているエリナである。シナモンティーのさまざまな効能が彼女の口から出てきた。
「だけど、そうでもないんですよ。いい効果があれば悪い効果だってあるんです。飲み過ぎると身体に負担がかかってしまいますし、体質によっては胃腸障害が出る場合もありますね。とにかく、何ごとも適量に。このお茶は一日二杯までにしたほうがよさそうですね」
ついエリナの話に耳を傾けてしまったエメリーネだが、シーラも「そうなのですね」と感心していた。
朝からアルマスの襲撃を受けぐったりしていたエメリーネは、シナモンティーで適度に気分転換できたおかげか、頭がすっきりしてきた。そこから、貴族名鑑を開き、国内の各貴族を頭の中に叩き込む。
夕方になるとシーラを連れて聖堂へと向かった。この時間は誰にも邪魔されない時間。
執務室にいれば、アルマスを初めとし、誰がいつやってくるかわからない。扉を叩く音が聞こえたら、机の上に広げている貴族名鑑を慌てて引き出しにしまいこみ、お茶会の計画を立てていました的に王都で流行りの菓子店のカタログを開いておく。
すると書類やら手紙を持ってきたコンストは、チラチラとそのカタログに視線を向けるものの何も言わず、書類を置いていく。その間、シーラもエリナも息を殺したようにじっとしており、彼が部屋を出ていってしばらくしたところで、三人はぷはっと息を吐いて笑い合うのだ。
その日の夕方、エメリーネが聖堂を訪れたのは三日ぶりだった。静謐な空間も、雨が続いていたせいかどこかじめっとした感じがする。テレジア神の石像の前まで歩を進めようとすれば、一人の男性が熱心に祈りを捧げていた。跪き、両手を重ねて祈るその後ろ姿に、エメリーネの胸がトクリと音を立てた。




