36.
ここ数日、ずっと雨が降り続いていたが、今朝は久しぶりに晴れ間が現れた。だからエメリーネもシーラに付き添ってもらい、久々に朝から庭園を歩いてみる。雨でたっぷり濡れた草花は、朝日を浴びてきらきらと輝いて見え、空気はまだいくらか湿気を孕んでいるものの、エメリーネは胸いっぱいに朝のさわやかな空気を吸い込んだ。
(今日は、オディロンに会えるかしら……?)
雨が降り続いて道も悪かったせいで、この数日間は聖堂にも行っていない。
数日ぶりに聖堂へ足を運ぶ予定だったが、そこにオディロンの姿があればいいなと、エメリーネはどこか期待していた。
エメリーネが執務室で届いた手紙などを確認しようとしたとき、アルマスが二人の男を連れてやってきた。
「エメリーネ王女、補佐官候補を連れて参りました」
にこにこと満面の笑みを浮かべるアルマスだが、そのオーラは相変わらず黒いものだ。しかし、まだらに緑が混じっている。
(アルマスの息のかかった者をわたくしの補佐官にし、わたくしを意のままに操ろうという魂胆ね。だから機嫌がいいのだわ)
エメリーネも心の内を悟られないように笑顔で答える。補佐官候補のリストを準備しろと言ったにもかかわらず、こうして直接連れてくるくらいなのだから、よっぽど彼らをエメリーネの近くに置きたいらしい。つまり、エメリーネの監視役だ。
「ありがとう、アルマス。どんな方かしら」
「エメリーネ様のご希望通り、ヨハン・オウネルを推薦いたします。彼は謙虚な男で、もったいない話だと言うのですが、彼の今までの活躍ぶりを鑑みましても、エメリーネ様の補佐官にふさわしいと説得したところです」
アルマスの後ろに控えていたヨハンがおずおずと前に進み出て、「ヨハン・オウネルです」と頭を下げる。
彼はチラリと、部屋の隅に控えているシーラに視線を向けたが、シーラはそれに気づかぬ振りをして、じっと部屋の入り口を見張っていた。
「シーラの婚約者だと聞いているわ。シーラともども、よろしくね、ヨハン」
エメリーネの言葉に「恐縮でございます」とヨハンは身をちぢこめる。そんな彼のオーラは紫だった。この色も何度か見たことはあるが、どういった感情であるかはわからない。ただ、清んだ紫だから、完全にアルマス派の人間ではないと判断していいだろう。
「それから、もう一人。イングリス伯爵子息のコンストです」
その名前を耳にしたときは、エメリーネも心の中で悪態をつきたくなったが、表面はにこやかに微笑んだ。
コンストといえば、完全にアルマス派の人間であり、二年後に爵位を継ぐはずである。今は二十代後半になったところか。
「コンスト・イングリスと申します。以後、お見知りおきを」
胸に手を当て、礼をするコンストだが、彼のオーラはアルマスに負けず真っ黒である。
「エメリーネ様。私のほうからこの二人を補佐官にと推薦いたしますが、いかがでしょうか?」
「そうねぇ……」
エメリーネは顎に軽く指を宛て、コンストを値踏みするかのように視線を這わせる。
「この者は、何ができるのかしら?」
「何が、というのは?」
エメリーネが質問するとは思ってもいなかったのだろう。アルマスはぱっと目を大きく見開いた。
「何がって、補佐官はわたくしの政務を補佐するのが役目でしょう? リナは今、わたくしの予定の調整や、手紙の整理をしてくれているわ。それにお茶会の準備も」
「お茶会ですか?」
「そうなの。アルマスにも相談しようと思っていたのだけれど、わたくしも社交デビューをしましたでしょう? だからわたくしの名でお茶会を開く必要があるとリナが……」
チラチラと助けを求めるようにエリナへ視線を送るエメリーネに、アルマスは小さく息を吐いたが、それはどこかエリナをバカにするような仕草にも見えた。
「ナウマン子爵令嬢は、軍を首になって……いや、失礼。軍を辞めてエメリーネ様の補佐官になられたわけだ。軍とこちらでは勝手が違うことも多いでしょう。そのくらいの仕事がちょうどいいようですね」
「えぇ。やはり女性がいて助かるわ。お茶会なんて、わたくしにはさっぱりわからないもの。でも、そちらのお二方は男性でしょ? やはり女性特有のお茶会についてはわからないのでは?」
「エメリーネ様のおっしゃるとおりです。男性には男性の、女性には女性の役目というものがございます。ナウマン子爵令嬢が社交に長けているのなら、こちらの二人は資産管理や外交、交渉に長けております」
「まぁ、それは素晴らしいわ」
両手をパチンと合わせ、期待に満ちた眼差しをアルマスに向けると、彼のオーラは黒っぽい緑へと変化する。
「では、コンスト・イングリスも補佐官として採用していただけると?」
「もちろんよ。さすが、アルマスの見立てね」
「恐縮でございます」
胸に手を添え、恭しく頭を下げるアルマスの姿はわざとらしい。
「これで、わたくしもお父様のお仕事を手伝えるかしら? お父様もずっと体調を崩しているでしょう? だから心配で……」
「もちろんでございます、エメリーネ様。ですが、国王陛下と王女殿下に求められるものは異なりますので、エメリーネ様は慈善活動や福祉活動から始めるのがよろしいでしょう」
「だったらなおのこと、お茶会は必要ね」
ん? とアルマスはわざとらしく片眉をあげる。
「だって、他の方がどのような慈善活動を行っているのか、お話をうかがってみたいもの」
「なるほど。それは気づかずに申し訳ありませんでした」
その謝罪の言葉すら、違和感があるものだった。
アルマスは女性を軽視する傾向があるから、女性が集まる茶会なんて、くだらないものだと思っているにちがいない。
「ですが、エメリーネ様。他の者の話を鵜呑みになさらないようにお願いします。もしわからないことや困ったことがあれば、すぐに私めにご相談ください。もしくは、こちらの補佐官二人でも」
「アルマスの心遣いに感謝するわ。頼りにしているわね」
笑みをたたえたアルマスは、さらに幾言か言葉を告げた後、「では、この二人には、私のほうから補佐官とはどうあるべきかを直々に指導したいと思います」とコンストとヨハンを連れて部屋を出ていった。
パタリと扉が閉まり、足音が遠ざかったのを確認してから、エメリーネは大きく息を吐いた。
「エメリーネ様。何か、飲み物を用意いたしますか?」
シーラの申し出に「お願い」と答える。
「エメリーネ様。女優になれますね!」
エリナがくすくす笑い出すと、「同じようなことをシーラにも言われたわ」とエメリーネは額を抑えた。変に気を張りすぎて、少しだけ頭が痛かった。




