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「でも、女性には女性のやり方があるんです。ベルジュ公爵はわかっていらしたみたいですけど」
適材適所。オディロンは人を使うのに長けている。いや、そんな状況だからこそ、彼自身が師団を率いて戦場に立ったのかもしれない。
「リナ、あなたにこういうことを訊いていいのかどうかわからないのだけれど……ベルジュ公爵は、あなたが軍にいづらそうだと言っていたわ。だからわたくしの補佐官にって」
「あぁ……そうですね。私のいた医療班って、怪我人や病人の治療にあたるのが仕事なんですけど。あとは薬の管理とか? でも私、怪我人の治療をするよりは、毒や薬そのものを調べるほうが好きで。そうしたら、誰を毒殺するつもりなんだなんて冗談で言われるようになって。心の中では、宰相閣下だよって答えてたんですけど。でも、このままじゃまずいなって。自重しないといけないかなって」
「わかったわ、リナ。手が空いているときは、好きなだけ毒でも薬でも調べていいわ。もし、何かを作りたいとか実験したいとかあったら、遠慮なく言ってちょうだい」
「え? いいんですか!」
リナが身を乗り出すと、エメリーネの両手をがしっと掴んできた。
「その代わり、あなたの勉強の結果をわたくしにも教えてちょうだい。何が毒になって何が薬になるのか」
「もちろんです。もしエメリーネ様の食事に毒を入れられたとしても、私がすぐに解毒しますから」
「心強いわね。でもまずは、毒を入れられるような状況を作らないのが先ね。そのためにも、わたくしも各貴族の関係を覚えないと……」
エメリーネはゆっくり立ち上がる。
「今から、貴族名鑑を閲覧しに行くわ。招待状を書くにしても、茶会を開くにしても、必要なことよね」
「はい。私で知っていることでしたら教えますので、わからないことは遠慮なくばんばん訊いてくださいね。というわけで、ベルジュ公爵から贈り物がございます」
少々お待ちくださいと、エリナは自分の荷物をごそごそと漁って、何かを手にしてエメリーネの前に差し出した。
「どうぞ」
エリナが渡したのはまさしく貴族名鑑である。
「これをオディ……ベルジュ公爵が?」
「はい。エメリーネ様はきっと不自由されているようだからって」
「これは、ベルジュ公爵家所有の貴族名鑑よね?」
王家と各公爵家の貴族名鑑には各家の歴史や特権まで記載されているが、それ以外は名前と地位しか書かれていないものだ。
「はい、ベルジュ公爵は覚えたからもういいそうです」
「そう……」
装丁をなでるように指を這わせるエメリーネは、オディロンの気遣いに胸がじんわりと熱くなった。
「それから、ベルジュ公爵から伝言がございまして。私の言葉ではなくベルジュ公爵からです。くれぐれも私の言葉ではございません」
その前置きに嫌な予感しかしない。
「コホン。では、僭越ながらベルジュ公爵からの言葉をお伝えさせていただきます。『これでしっかり勉強しておくように、世間知らずの王女様』」
ゴホッと噴き出しそうになったのは、部屋の隅で控えていたシーラだ。
「申し訳ございません」
澄ました顔で謝罪するシーラだが、エメリーネとオディロンの関係を知っている彼女は笑いを堪えているようにも見えた。
「エメリーネ様、私ではなくベルジュ公爵がそうおっしゃっていたんです」
「えぇ、わかっているわ。あの人なら言いそうだもの」
いくらオディロンの言葉とはいえ、それをエメリーネ本人に伝えられるだけの度胸を持つエリナという女性を、知らしめたかったにちがいない。
「では早速、わたくしはこちらの内容を確認するわ」
エメリーネが書庫で貴族名鑑を閲覧すれば、それはいずれアルマスにも伝わるだろう。となれば、彼は妨害してくるか、エメリーネを怪しむか。
オディロンがこれを貸してくれたというのは、アルマスに隠れて学べと、そういう意図を感じる。
「エメリーネ様、お茶の用意をいたします。エリナさんもいかがですか?」
「シーラさん」
ぱっとシーラに顔を向けたエリナは、はっきりした口調で告げる。
「私のことはリナでいいわ。私もシーラと呼んでいいかしら?」
「は、はい……」
エリナの迫力にシーラは完全に負けている。
「リナ。シーラとも仲良くしてもらえると嬉しいわ」
「もちろんです」
エリナはシーラの手を握ると、ぶんぶんと振って「よろしくお願いします」と挨拶をしていた。シーラは戸惑いながらも、「よろしくお願いします」とはにかんだので、嫌がっているわけではなさそうだ。
「リナ。ちょっと相談なんだけど……」
エメリーネは、早速、机の上で貴族名鑑を広げた。
「わたくしが貴族名鑑を閲覧していることや、積極的に国政に携わろうとしていることを、アルマスには知られたくないの」
「あぁ~わかります。あの人、何かとつけて文句を言いそうですもんね」
エリナはそう言うが、エメリーネはアルマスの前では愚かな少女を演じておきたいのだ。エメリーネ王女は無知だと、アルマスにはそう思わせておきたい。
「なるほど。そして最後に宰相閣下をぎゃふんと言わせる作戦ですね!」
「だから、わたくしが少し愚かな行動をしても、あなたたちは笑ってはダメよ? シーラもよ? わたくしが勉強しているのを知ったら、アルマスは絶対に邪魔をしてくるから」
「はい」
シーラが真剣に頷くのは、やはりヨハンの件があるからだろう。エメリーネは、なんとしてでもオウネル侯爵家とアルマスの繋がりを切ると、シーラに宣言したのだ。シーラはエメリーネを信頼し期待を寄せている。
そんなシーラは手際よくお茶を淹れ、エメリーネの執務席にコトリとカップを置いた。
「あなたたちもどうぞ」
エメリーネが二人にソファに座るよう促すと「エメリーネ様って、おやさしいんですね!」とエリナが遠慮なくドサリと腰を下ろした。
「シーラ、ありがとう。あなたもどうぞ座って」
物怖じしないエリナと、どこか一歩引いて行動するシーラは、まったく正反対の二人である。
「リナ。このお茶を飲み終わったら、アルマスにあなたを紹介するわ。ちょうど軍を辞めた女性がいると聞いたから、声をかけたって説明するわよ?」
「うへぇ……」とうめき声が聞こえてきたが、ここで不審な行動は避けておきたい。
「シーラ、留守番を頼むわね」
「はい。エメリーネ様が不在であるなら、私はこちらの留守をお預かりします。こちらは私にお任せください」
シーラの言葉に、不承不承といった様子のエリナもぱっと顔を輝かせ、「エメリーネ様のことは、私にお任せください。一応、元軍人ですから」と、トンと胸を張って答えた。




