33.
ほっと緊張の糸が解け、エメリーネはからからに渇いた喉を潤してからオディロンに告げる。
「天気が悪くないかぎり、わたくしは毎日、聖堂へ祈りを捧げに行きます。それから、できるだけお父様にも聖堂へ足を運んでいただけるよう、働きかけるつもりです」
「……そうだな。陛下には積極的に外に出てもらったほうがいいだろう」
言いながらも、エメリーネから視線を逸らすオディロンに疑惑を抱く。
「オディロン? 何かおっしゃりたいことがあるのではなくて?」
「いや……君の誕生日パーティーで久しぶりに陛下とお会いしたが……一気に老け込んだような気がした」
すでにアルマスの魔の手が、父王にも伸びていると彼は指摘しているのだろうか。だがアルマスが確実に国王を狙っているのは事実だし、前の人生ではベルトルトがそれを指摘した。
「しかも俺だって、毎日、朝議で陛下と顔を合わせていた。俺がリマンドの街に行っている間に、一気に老けたような気がしたんだ。つまり、この数か月の間……」
「知っての通り、お父様はお母様が亡くなってから気落ちしているのです。ただ、ここ最近は特に酷く、寝込むことが多いのです……それでもわたくしの誕生日パーティーはしっかり振る舞っておりました」
「そうだな、だからなおさら違和感が残るというか……ただ、陛下と同じように一気に老け込んだ――」
そこまで言いかけたオディロンは、はっとした様子で口をつぐんだ。
「オディロン、先ほどからわたくしは言っているでしょう? 言いたいことがあるならはっきり言ってください」
エメリーネがぴしゃりと言ってのけると、オディロンは気まずそうに顔をしかめる。それでも彼に訴えるような視線を投げ続けると、オディロンは観念したかのように口を開く。
「君は、王妃殿下が亡くなったときの様子を覚えているか?」
「お母様の?」
やさしくて聡明だった母だが、ある日をきっかけに日に日に体調を崩すようになった。最初は手足が痺れると言い始め、歩けばふらつき、倒れやすくなる。そのうち、動くのも億劫になって寝たきりになってしまい、約一年前、静かに息を引き取った。
「えぇ。少しずつ元気がなくなり、しまいには動けなくなりました」
「元気がなくなった……今の陛下はどうだ?」
「それは……」
アルマスが父王にも毒を盛っていた未来を知っているだけに、エメリーネは言葉を選ぶ。父王が亡くなるのは今から三年後だが、じわじわと毒によって身体が蝕まれていたのは事実である。
アルマスがいつからそういった愚行に及んでいたかはわからないが、もしかしたらオディロンが気づいたように父王はすでにアルマスの毒に侵されているのかもしれない。だから、具合が悪いといい寝室にこもる日が増えてきたのではないだろうか。
「そう言われると……似ているかもしれません。もしかして、オディロンは何か心当たりがあるのでしょうか?」
オディロンは切なそうな眼差しをエメリーネに向けてから、意を決したように切り出した。
「俺は、王妃殿下は病気ではなく、毒殺されたのではないかと疑っている」
突然の告白に、エメリーネはコクリと喉を鳴らした。先ほどまでお茶を飲んでいたのに、喉の奥が渇きひりついた感じがする。
「もしかしたら、陛下もすでに……」
「そう、なんですね……」
ここにいるのは十七歳のエメリーネである。だから母が毒殺されたことも、父も少しずつ毒を飲まされていることも知らないエメリーネだ。
「オディロンは、犯人に心当たりはあるのですか?」
その問いに、彼は微かに唇をひくつかせた。
「母が亡くなり、父も亡くなれば、次に王となるのはわたくしです。そしてわたくしが死ねば、オディロン、あなたが王になる」
「俺にとって、陛下や君を殺してまで王位に就く利点はない。なにより、王政にかかわるほとんどがアルマスを指示している者たちだからな。それにアルマスは君との縁を狙っているのだろう?」
オディロンが王に就いたところで、確実にアルマス派の者たちに潰される。
「つまり、あなたはアルマスが母の死に関係していると言いたいのですね?」
エメリーネがオディロンを力強く見つめると、彼もまた視線を絡ませてくる。
花の香りをのせた風が頬をなで、前髪を揺らした。
「その件に関しては、俺のほうで詳しく調べたい」
彼からそう言ってもらえるのなら、エメリーネとしてはありがたい。
「お願いします……」
絞り出した声に、オディロンはふっと意地悪めいた笑みを浮かべる。
「大事な婚約者のお願いとあっては、叶えないわけにはいかないだろう」
「まだ、正式に婚約はしていませんが?」
揶揄われるのが悔しくて言い返してみたが、彼にはまったく効果がなかった。代わりに彼は顔を近づけてきて、エメリーネの耳元でそっとささやく。
「俺の気持ちを受け入れたくせに……」
やはり彼は意地悪だ。エメリーネはぷいっとそっぽを向きながら、お茶を飲んだ。
オディロンの行動は早かった。
彼の条件を受け入れてから五日後、エリナ・ナウマンがエメリーネの補佐官として執務室に姿を現した。
「このたび、エメリーネ王女殿下の補佐官に任命された、エリナ・ナウマンです。よろしくお願いします」
飾り気のない事務官服に身を包んだエリナは、軍人のようにきびきびとした声で挨拶をした。オディロンと親戚関係にあるからか、彼女の髪は黒く、それをびしっと一つに結わえている。小柄だが目力のある女性で、元軍人と言われれば納得できる。
「よろしくね、エリナ」
「もったいないお言葉でございます」
「あなたは、軍人を辞めたところを、わたくしがたまたま引き抜いたことになっているの」
エメリーネの言葉に、エリナも小さく頷いた。
「ところで、王女殿下に一つだけお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
いったい何を言われるのかと、エメリーネは息を詰めた。
「私の名前、王女殿下と似ていると思いませんか?」
似ていると言われると、似ているような気がしてきた。エメリーネとエリナ。
「ですので、私のことはリナとお呼びください」
「わかったわ、リナ。では、わたくしのことも王女殿下ではなく、名前で呼んでちょうだい。シーラもそうしているから」
「承知しました、エメリーネ様」
はきはきした物言いに、好感が持てる。さすがオディロンが推薦しただけの人物である。
エメリーネは目をこらして、じっくりとエリナを観察するように視線を這わせてみたが、やはり彼女からもオーラは見えなかった。
(もしかして……オーラが見えない人は、わたくしの味方だと思っていいのかしら?)
今までオーラが見えなかったのは、シーラを始めとし、父王やオディロン、そして聖職者のベルトルトたち。
「では、早速ですが、エメリーネ様に提案したいことがあります」
「何かしら?」
オディロンの親戚筋というだけで、彼女も一筋縄ではいかないような気がしてきた。
「エメリーネ様の名前で、お茶会を開きましょう!」
まるで名案だと言わんばかりに、彼女は左手を腰に当て、右手は上に突き出して、声たからかに言い放った。




