26.
エメリーネがすっと右手をあげると、赤い覆面をかぶった処刑人が斧を振り上げる。
人形の首が落ちたかのような光景に、エメリーネは動けずにいた。だがそれを命じたのはエメリーネだ。
『正しいのは、私だ。悪女がこの国を統治するかぎり、同じことを繰り返す。同士よ、立ち上がれ』
処刑されたのは、ラモン伯爵だった。
だが彼は何も悪くない。ただ議会で、アルマスの意見に対して、自分の言葉を述べただけ。だというのに、それを女王エメリーネに対する反逆罪としてでっち上げられ、こうして今、彼の処刑が実行された。
ラモン伯爵夫人は母の友人で、娘のシーラはエメリーネ付きの侍女だった。
だがそれも数年前までの話。夫人もシーラも、今ではエメリーネの元を去っている。
『エメリーネ女王、毅然とした態度でお願いします』
そう耳元でささやくのは宰相アルマス。今ではエメリーネの婚約者として、さらにその地位を盤石なものとした。
エメリーネはその言葉に頷くことしかできない。
『処刑されたくなければ、わたくしの言葉に従いなさい』
自分を鼓舞して、エメリーネは広場に集まった者たちを睨みつけながら、そう声を張り上げた。
歓声と怒号が入り混じる。エメリーネに向かって何かを投げたそうに手を震わせている者は、兵に取り押さえられていた。
風が吹き、辺りに血の匂いをまき散らす。
エメリーネは振り返りもせずに、アルマスに連れられその場を後にした。
だが、どこか遠くですすり泣く声が聞こえ、それが耳にこびりついて離れない――。
「……はっ、夢……?」
エメリーネは目を覚ました瞬間、身体にまとわりつく汗と、喉の渇きに襲われた。寝衣が肌に張り付き、悪夢の残滓がまとわりついている。
水差しを見つけ、震える手でグラスに水を注ぎ、一気に飲み干した。冷たい水が喉を潤すと、ようやく現実が戻ってきた。あれは一度目の人生の記憶、女王に即位し、アルマスの操り人形としてラモン伯爵を処刑した場面だった。
エメリーネはそれを拒んだが、アルマスや大臣たちは、ラモン伯爵をこのまま生かしておくのは、今後の王政に影響を与えると言い出した。
女王になりたてのエメリーネに、彼らを説得させるだけの話術はなかった。むしろ、逆に説得させられてしまった。
エメリーネは胸を押さえ、ずきりと走る痛みを堪えた。ラモン伯爵はまだ生きている。だが、そんな未来を歩んでしまった事実は、心に重くのしかかっていた。
ベルを鳴らし、シーラを呼んだ。朝の支度を整えながら、エメリーネは穏やかな声で話しかけた。
「シーラも一人では大変でしょう?」
朝食を終え、着替えを手伝ってもらっているところで、エメリーネがそう口にした。
「エメリーネ様……?」
「わたくしも、来年は成人を迎えます。それに向けて、これから少しずつ政務にたずさわっていくわけだけど、補佐官も護衛も侍女もいない状態って、おかしいとは思わない?」
「それは……」
シーラも思うところはあるものの、どこかアルマスの影がちらつくのだろう。答えを口にするのをためらっている。
「まぁね。すべてアルマスの差し金だというのは、今になって理解しました。だからこそ、アルマスに従う振りをして、わたくしの味方を増やしていこうかなと。その第一号は、シーラ、あなただけれど」
まるでいたずらを仕掛けた子どものように無邪気に微笑めば、シーラもほっと安心したような笑みを浮かべる。
「……そうですね。私はエメリーネ様の言葉に従うだけです」
「そう言ってもらえるのがどれだけ心強いか」
それに、今のエメリーネには人の感情がオーラの色でわかるという不思議な力がある。仮にシーラがアルマスに脅され、エメリーネを裏切ろうとしても、それもオーラが教えてくれるだろうと、そんな楽観的な考えもあった。
「今日は、贈り物のお礼状を書くわ。当分はこの仕事で終わりそうだけど」
目録と現品の確認はなんとか終えることができた。シーラが言ったように茶葉や食べ物などは先に確認し、料理人へと回した。生花は庭師にお願いして、ポプリに利用できるようにと加工してもらっている。
「それから、補佐官の件なんだけど……」
シーラがエメリーネの髪を梳き、書きものの邪魔にならないようにとハーフアップに編み込みをしてくれた。
「あなたの婚約者、ヨハンに頼みたいと思うのだけれど、どうかしら?」
髪をいじるシーラの指が止まる。




