25.
「テレジア神、もう一つ相談があります。わたくしに教育者がついたら、相談したいと思っていたことがあるのです」
エメリーネの声は、告解室の狭い空間に静かに響き、天井の小さな窓から差し込む光が手元に花柄の影を落とした。
窓枠の繊細な花の彫刻が、光と影を織り交ぜ、まるでテレジア神の加護を象徴としているみたいだ。
エメリーネは深呼吸し、胸に秘めた思いを一つずつ言葉に変えていく。
「テレジア神がわたくしの教育者ですから……」
訴えるように言葉を強めた。
「これからのわたくしには、政務を補佐する補佐官、護衛の騎士、身の回りの世話を手伝ってくれる侍女、それから……婚約者が必要だと思っております。どのような人物がいいか、それを相談したかったのです」
「なるほど……」
窓の向こうからベルトルトの本音がこぼれたような、低い声の響きが聞こえてきた。
エメリーネは彼の反応を感じ取り、笑みを抑えた。
「補佐官は、宰相閣下が幾人か候補を絞ってくれるようですが。やはり、信頼のおける者を側にはおきたいと思うのです」
「そうですね。身近な人間に足をすくわれるという話はよくあることです。ただ……今の同士には敵も多いでしょう。だから補佐官は最低でも三人。敵から一人、味方から一人、そしてそのどちらでもない者から一人」
エメリーネは、一瞬、赤い目を見開いた。
「敵からも選ぶのですか?」
それはアルマスが推薦した者から選ぶということだ。つまり、アルマスの息がかかった者。
「そうです。好意ばかりに囲まると、悪意に気づきにくくなる。また、人の気持ちは伝染するものです。悪意を持つ者を好意に染め上げればいいのです」
十七歳のエメリーネなら、この言葉の深さは理解できなかっただろう。だが、一度目の人生でアルマスに純潔を奪われ、悪女と罵られた記憶を持つからこそ、ベルトルトの言葉が胸に刺さった。
あの時、自分は無知ゆえに操られ、孤立した。今は違う。自らアルマスと戦うことを選んだのだ。
「テレジア神の言葉に従い、補佐官を三人、選びたいと思います」
「ただ、何ごとも最終的に判断するのはあなた自身です。あなたが導き出した答えを信じるのです」
ベルトルトの声は、まるで神の代弁者のように厳かだった。エメリーネは小さく頷き、窓の向こうにいるのがベルトルトだとわかっていながら、もどかしさを感じた。
それでも、次の話題へと進める。
「テレジア神。わたくしも来年、成人を迎えます。そうなれば、世継ぎの観点からも結婚を急かされると思います」
窓の向こうは静寂に包まれた。差し込む光が、温められた空気を肌に感じさせ、エメリーネの心を落ち着けた。
「テレジア神もご存知のように、今、ガレッティ国では王位継承権をもつ者は二人とされています」
エメリーネとオディロンの二人だけだ。エメリーネは言葉を続ける。
「国民の誰もが、王族の継承に不安を覚えております。そのため、わたくしには早く世継ぎをと望まれることでしょう」
次期王となる責務を、エメリーネは重く受け止めていた。
「わたくしにふさわしい相手は、どのような方だと思いますか? 国内貴族の中から選ぶべきか、それとも友好国の相手を望むべきか……」
すぐに返ってくるはずのテレジア神の声が聞こえない。
「……それは、難しい問題です」
エメリーネはくすりと微笑む。
「テレジア神でも、悩むことがあるのですね」
テレジア神といっても、相手はベルトルトだ。エメリーネはそれを知っているから、からかうように言ったのだ。
「神といっても、私は神の声を伝える代理人にすぎません」
「では、神の代理人にお尋ねします。わたくしの婚約者としてふさわしいのはどういった者でしょうか」
「それは……」
ベルトルトの声が、かすかに震えたように感じられた。
「それは、同士を幸せにしてくれる人でしょう。国王夫婦が幸せでなければ、国民も幸せになれません」
エメリーネの胸に、両親の姿が浮かんだ。父王と王妃は深く愛し合い、幸せだった。だからこそ、母を失った父の悲しみは深く、彼を気力のない抜け殻に変えた。
「わかりました。わたくしを幸せにしてくれる人。そういった人物がふさわしいということですね。そういった者は、いったいどこにいるのでしょう……?」
閉ざされた世界で育ったエメリーネにとって、異性との出会いは限られていた。だからその声には、かすかな寂しさがにじむ。
「人々は、幸せを求めて遠い場所を見つめがちです。ですが小さな幸せは、いくつも足元に落ちているものではありませんか?」
ベルトルトの言葉は、エメリーネの心に鋭く突き刺さった。息を呑み、目を閉じる。
足元に落ちている幸せ。
それは、遠くを見ず、身近な存在に目を向けることなのかもしれない。
エメリーネはテレジア神に礼を述べ、告解室を後にした。
「シーラ」
待合室にいたシーラに声をかけると、彼女は本を読んで待っていたようだ。手にしていた本を、待合室の本棚へと戻す。
「何を読んでいたの?」
「ロマンス小説です。こちらの本棚、面白いんですよ。ジャンルがバラバラで……」
エメリーネはくすりと笑った。司教の中にロマンス小説を好む者がいるのだろうか。聖堂の意外な一面に、心が軽くなった。
「エメリーネ様、またこちらに来られますよね?」
「ええ。定期的な祈りは王族にとっての義務のようなものだと思っているもの」
「そのわりには、陛下はすっかりと足が遠のきましたね」
視線を落とすシーラの顔を見れば、国王を案じている様子がみてとれる。
「そうね。お父様はお母様を心から愛していらっしゃったから……お母様を失った悲しみがまだ癒されていないのよ……」
「そこまで一途に愛されて、王妃様も幸せだったのでしょうね」
シーラの言葉に、エメリーネの胸が熱くなった。
両親の愛は、確かに幸せだった。ベルトルトが言いたかったのは、父王にとっての王妃のような存在を、エメリーネも見つけるべきだということなのかもしれない。
だが、父のように愛する者を失って気力を失うのは避けたい。互いを支え合い、どんな試練も共に乗り越えられる相手、そんな関係を築きたい。そうでなければ、またアルマスに呑み込まれてしまう。
(やはりここは、あの人しか……)
エメリーネの脳裏には、一人の男の姿が思い浮かんだ。




