23.
メルケルの診察を受けたところ「これならば、少しずつ歩いても問題はないようですね」という言葉をもらった。エメリーネはやっと杖を手放すことができたが、それでも少しだけ足をひきずって歩く。いきなり元気に歩いては、誰だって不思議に思うだろう。
一方、アルマスは依然として王妃のお礼状を見せることを渋っていた。
「どこかにしまい込んでしまったようで……見つからないのです。申し訳ありません」
彼のオーラは以前のような真っ黒ではなく、濃い灰色に変わっていた。まるで彼の秘書官と同じ色だ。
アルマスに何か変化があったのだろうかと、エメリーネは内心、小首を傾げた。
(もしかして、オーラはその人の気持ちが色になって現れたものかしら?)
アルマスの黒いオーラは苛立ちや敵意を表していたのかもしれない。パーティーで見かけた黄色や緑のオーラは、楽しげな雰囲気を反映していた。一方で、赤や紫のオーラを持つ人もいた。
エメリーネは唇を軽く噛み、考えを巡らせる。
(これはきちんと考える必要がありそうね。気持ちが色でわかるのならば、駆け引きもやりやすくなるもの……)
何より、エメリーネは世情に疎い。最低限のマナーは身についていると自負するが、それ以外はさっぱり自信がない。特に、政務や社交の複雑な駆け引きができるとは思えない。
だからこそ今、エメリーネに教育を施してくれる人物が必要なのだ。
「お父様。足もよくなったし、聖堂に祈りにいってまいります」
エメリーネは国王の執務室を訪れ、穏やかな声で告げた。父王の隣には、いつものようにアルマスが控えている。彼のオーラは今日も灰色だったが、父王のオーラは依然として見えない。
聖堂に足を運ぶのは、エメリーネの昔からの習慣だ。それにテレジア教と王族の深い結びつきを考えれば、それを駄目だと言う者などいない。
「シーラ、行きましょう」
動きやすい簡素なドレスに身をつつむエメリーネについていくのはシーラだけ。エメリーネがどこに行くにも彼女が同行する。たまに、モラン伯爵夫人が付き添ってくれるが、それはシーラの代わりが必要となったとき。
エメリーネは王城の裏門につけられた馬車に乗り込んだ。こうやって馬車に揺られて外に出るのはいつ以来だろうか。ここ数日はパーティーの準備に追われていた気がする。
「聖堂へ向かうのも久しぶりですね」
シーラがそう言葉にするくらいなのだから、やはりここ一か月くらいは行っていないのだろう。
聖堂は朝から昼前までに訪れて祈りを捧げる者が多い。テレジア教の教徒であれば、誰でも自由に聖堂へ足を運ぶことができる。だが、夕方は王族が聖堂を訪れる時間とされており、その時間の訪問だけは制限されていた。
馬車に揺られておよそ十五分。聖堂が見えてきた。ガレッティ国の聖堂は、この王都ネルにある。だから地方に住む者は、大聖堂の方角に向かって祈りを捧げているとも聞く。
聖堂は左右に尖塔を持つ石造りの建物だ。石を繋ぐためには大量の鉄が使われており、それによって聖堂の強度を支えている。尖塔部分は木造で、木のやわらかさを生かした独特な形を作っていた。
夕方のこの時間、聖堂は王族のために静寂に包まれている。エメリーネは足を引きずりながら正面の扉をくぐった。
パイプオルガンが目に飛び込み、月に一度、司教たちがここで神に捧げる歌を歌う情景が脳裏に浮かんだ。その歌を聴くために集まる教徒たちの姿は、王都の風物詩だった。
さらに奥へ行くと、テレジア神の石像があり、その前にひざをついて祈りを捧げるのが慣例である。
奥に進むと、テレジア神の石像が静かに佇んでいる。ステンドグラスから差し込む光が、床に色とりどりの花模様を描き出していた。正午にはその光が神像に花のベールをまとわせるという。
エメリーネは石像の前にひざまずき、両手を組んで祈りを捧げた。シーラもその隣で同じように祈り、二人を包む静寂は神聖な空気で満たされていた。
「シーラ。わたくしは告解室に……」
すべてを言い終える前に、シーラは頷いた。エメリーネが告解室で神と話をしている間、シーラは待合室で待っている。その間は本を読んでいるようだが、たまに司教の誰かと話をしている様子もあった。
だが、なんの話をしているかはわからないし、司教は男女の契りを否とするため、そういった意味ではシーラを待合室で待たせておくのは安心なのだ。
「迷える同士よ。今日はどのような話をテレジア神に伝えたいのでしょうか」
小さな窓の向こうにいる相手の姿は見えない。だが、その声は紛れもなくベルトルトのものだった。




