21.
「どうぞお入りください」
エメリーネは落ち着いた声でアルマスを招き入れる。
「アルマス。どうかしたのかしら?」
「ベルジュ公爵がいらっしゃるとお聞きしたので、挨拶をと……」
扉がゆっくりと開き、アルマスが入室する。
アルマスの瞳が部屋を一瞥し、エメリーネとオディロンに交互に注がれた。その背後には、黒いオーラがめらめらと燃えるように立ち上り、部屋の甘い花の香りを押し退けるような不穏な気配を放つ。
「ベルジュ公爵は、わたくしのお見舞いに来てくださったわ。見てちょうだい、このお花。ベルジュ公爵が持ってきてくださったのよ? 素敵でしょう?」
エメリーネは穏やかな微笑みを浮かべ、無邪気に言った。
アルマスは一瞬、表情を硬くしたが、すぐに取り繕うように口を開く。
「なるほど。ですが、これでは花の匂いがきつすぎませんか? 具合が悪くなる」
彼の言葉にはどこか棘がある。
「あら、そう? だったら半分はお部屋に飾るわ。シーラ、後で運んでおいてね」
「承知しました」
シーラも感情を押し殺したように、頭を下げた。
「それでは、私はそろそろお暇しよう」
オディロンがソファから立ち上がり、ゆったりとした動作で上着を整えた。
エメリーネは彼の動きをちらりと見て、わざとらしく声を上げた。
「あら、そう? わたくしも時間をもてあましていたの。だって、この足でしょう? 何もできなくて。怪我をさせたあなたが責任を取って、相手してくれてもよろしいのではなくて?」
意図的に子どもっぽいわがままを織り交ぜた。
オディロンの口元に一瞬、遊び心のある笑みが浮かんだが、アルマスがそれを遮るように鋭く口を挟んだ。
「エメリーネ王女。子どものようなわがままを口にして、ベルジュ公爵を困らせてはなりません」
その口調は、まるでオディロンを追い払うかのように冷たいものだ。
「相変わらず、アルマスは厳しいのね。ベルジュ公爵、今日は足を運んでいただき、感謝いたします」
「いえ……謝罪にまいりましたので」
オディロンの声は控えめだったが、その瞳にはどこかエメリーネを試すような意図を感じた。
「ええ。あなたの誠意は伝わりました。それに何度も言いますが、あれはベルジュ公爵のせいではございませんので。わたくしがはしゃいでしまったせいですわ」
エメリーネの言葉にオディロンは何も言わず、ただ頭を下げるだけ。
「それでは、失礼します……そういえばベルトルトも王女様の怪我の具合を心配しておりました。歩けるようになったら、彼に顔を見せてやってくださいませんか?」
アルマスの前では、オディロンの言葉遣いも丁寧で格式ばったものに変わる。その変貌ぶりに、エメリーネは心の中で小さく笑った。さすが、オディロンだ。
「そうね。気を使っていただき感謝いたします」
オディロンはその言葉を聞き終えると、深く腰を折って部屋を出ていった。
パタリと音を立てて扉が閉まると、ふわっと風が室内に入り込み、花の香りを広めた。
「それでアルマス。あなたはどのような用かしら?」
「それは……」
きっとオディロンが来たという情報でも得たのだろう。それを聞いて慌てて駆けつけたに違いない。先ほどの彼の話を思い出す限り、アルマスはエメリーネとオディロンの接触をよく思っていない。
ましてや、二人が結婚するという結果を恐れている。
「こちらの目録をお持ちしたのです」
慌てたようにアルマスが差し出したのは、エメリーネの誕生日の贈り物が記載された目録の残りだ。
「エメリーネ王女がお礼状を書かれると聞きましたので」
エメリーネは微笑みを浮かべ、目録を受け取った。
「ええ。お母様のお礼状が素晴らしかったと、パーティーのときにお聞きしたの。確認したら、こういった贈り物に対してお礼状を書くのは王妃の仕事だと。そしてわたくしが誕生日にたくさんのプレゼントをいただいたことを考えれば、それはわたくしの仕事になるでしょう?」
一瞬、アルマスの目が見開かれたが、すぐに目元を柔らかくし、微笑んだ。
「そうです。デビュタントの贈り物に対してお礼状を書くのはエメリーネ王女の初めての政務となります。ましてこれだけの数になりますので、補佐官をつけたほうがよろしいですね」
「ええ、早急に決めていただきたいわ。あなたが推薦する方なら、信頼できるもの」
アルマスのオーラが黒から黄色に変わった。黒がアルマスの色だと思っていただけに、色が変わるというのは予想外だった。
(どうして、オーラの色が変わったのかしら……)
そんなアルマスをじっと見つめると、目が合った。彼は目元をやわらげエメリーネに微笑みかける。




