20.
「王女様の考えは甘ちゃんだな。この立場になれば、年齢など関係ない。むしろ、この若造がという思いが強いのではないのか?」
その言葉に、エメリーネははっとした。確かに、オディロンの若さと王位継承権を持つ血筋は、アルマスにとって脅威でしかない。
「宰相閣下も公爵家だが、向こうには王位継承権が残っていない。いや、ずっとたどればいつかはそこに到達するかもしれないが、それも王女様と俺が死に、次の国王をどうするかという話があって始めて調べられるだろう。生まれ持った血筋のせいで、俺は恨まれているようだ」
オディロンはおどけたように肩をすくめたが、その視線だけは鋭い。
「俺と王女様の結婚話が、一部で持ち上がっているのを知っているか?」
エメリーネは目を丸くした。それは初耳だった。
「第一継承権と第二継承権が結婚する。そうなれば次の継承権は二人の子となる。仮に王女様に不幸があって、俺が王になったとすればその次の王の血は薄れるだろう。血の薄い王を拒む民は、一定数いる。となれば、継承権を持つ者同士をくっつければ、血が濃くなる。それに俺たちの血はほどよく繋がっているものの、婚姻には支障がないからな」
オディロンの言うように、今、王位継承権を持つ者は王の娘のエメリーネと前王の甥にあたるオディロンのみ。女性にも継承権が認められ、直系が優遇される。直系が途絶えれば、遡って傍系へとつながる。
前王は不要な継承権争いを生まぬよう、子を一人しか持たなかった。また父王は、王妃の愛情を子に奪われるのを恐れていた。むしろ息子ではなく娘でよかったと、そう口にするほどまで。
オディロンの両親は十年前に亡くなっており、その父親の兄弟もまた不慮の事故で亡くなっている。まるで王家の血を絶やすかのように続いた不幸な事故だ。
「だが、王配であれば家柄と能力が備わっているかぎり、誰でも望めるだろう?」
そこでオディロンは、冷めた紅茶を一気に飲み干した。すぐにシーラがお茶のおかわりを淹れる。それを止めようとしなかったオディロンは、やはり喉が渇いているのだろう。
「つまり、宰相閣下も王配を望めるわけだ」
蛇のようなアルマスの視線が思い出され、エメリーネはぶるっと身体を震わせる。
「それを確実なものとするためには俺が邪魔だと思うだろうな」
オディロンの言いたいことをなんとなく理解した。
そして一度目の人生は、そのアルマスの目論見がうまくいったのだ。
オディロンはエメリーネの社交デビューの場にいなかった。そしてエメリーネはアルマスの瞳の色と同じ宝石をつけ、彼と幾度も踊った。
となれば、世間はエメリーネとアルマスの関係を疑い始める。疑い出せばそれが噂になり、事実にしやすくなる。
それでもかろうじて、国王がエメリーネの結婚にだけは慎重だったおかげで、すぐにアルマスとの婚約は整わなかった。そしてその後は思い出したくもない。
「反吐が出るわね」
「王女様も、いつからそんなに反抗的になったのか。だからここで執務を始めたと? 世間知らずの女王様も成長したようだな」
「それ、以前も言いましたよね? わたくしを世間知らずだと」
「事実だろう?」
冷たいオディロンの言葉に、エメリーネも反抗的ににらみ返す。
「そう思うのであれば、わたくしに適任な家庭教師を推薦してください。補佐官も」
「ほぅ?」
その言葉にオディロンは感心の声をもらして、目をすがめた。
「急に勉強熱心になって、どうした?」
「そんなの。あの男と結婚したくないからに決まっているからでしょう? あなたをわざわざリマンドの街に送り込んで、わたくしの誕生日パーティーに出席できないようにするとか、やることが幼稚ではなくて?」
「それは事実ではない。俺の推測だ。俺もあいつが好きではないからな」
「あら?」
エメリーネが片眉を上げ、からかうように微笑んだ。
「やはりわたくしたち、気が合うのではありませんか? わたくしはアルマスとの結婚は拒否したい。ベルジュ公爵はアルマスが嫌い」
「そうかもしれないな。だが、この話はもう終わりだ――」
ドンドンドンドンと、激しく扉を叩かれた。
「エメリーネ王女。こちらにいらっしゃいますか?」
扉の向こう側から聞こえてきたのは、聞きたくもないアルマスの声だった。
その低く、粘りつくような声に、エメリーネの背筋に冷たいものが走った。オディロンと視線を交わし、唇を固く結ぶ。
部屋の空気が、まるで凍りついたように重くなった。




