19.
「いったい、どういう風の吹き回しだ? 俺に家庭教師や補佐官を紹介してほしいとは。そちらのラモン伯爵の令嬢に尋ねたほうがいいのではないか?」
部屋の隅に立っているシーラは、気まずそうに眼鏡を直し、小さく肩をすくめる。
「えぇ、シーラにもお願いしました。伯爵夫人はわたくしの母の友人であり、わたくしも信頼している女性です。伯爵夫人にわたくしの教育係をお願いできないかと相談したのですが……」
エメリーネはそこで言葉を切り、顔を伏せて小さく息を吐いた。
「シーラの婚約者がオウネル侯爵家の者なのです。オウネル侯爵家は、どうやらアルマスから援助を受けているようでして」
オディロンの口元が、ひくっと動いた。
彼の鋭い瞳がエメリーネを捉え、意図を瞬時に汲み取ったようだった。
エメリーネは内心で安堵した。彼なら、きっとわかってくれる。
「どうやら王女様は、とことん宰相閣下と縁をもちたくないようだ」
その言葉を聞いたエメリーネは顔を上げ、力強くオディロンを睨みつけた。
「もちろんです。あの男の企みを知ってしまったから」
「企みだと……?」
「わたくしの誕生日パーティーの前に、特別な贈り物をしたいから会いたいと言われたのです」
オディロンが眉間に深くしわを刻む。
「わたくしの部屋に来られてはたまったものではないと思いまして、わたくしのほうからアルマスの執務室へと向かいました。そこで渡されたのが、アルマスの瞳の色と同じ宝石がついた首飾り……それをつけてパーティーに出席してほしいと。ここまで言えば、あなたもあの男が何を狙っているかわかるでしょう?」
エメリーネの声は冷静だったが、心にはあの瞬間の記憶が焼きついていた。
アルマスの執務室で、冷たく光る苔色の瞳に見つめられたあの感覚。まるで蛇に睨まれた蛙のように、身体が凍りついた。
彼の指が不用意に肩に触れた感触は、今も肌に残っているかのよう。一度目の人生で味わった、ベタベタとした不快な接触の記憶が胸を締めつける。
「……確かあの男は、今年で三十七歳になるのか?」
「そうですね。わたくしとちょうど二十、年が離れておりますから」
そして父王は彼より一つ上の三十八歳。そのわりにはだいぶ老け込んで見えるようになったのは、一年前に最愛の妻を失ったからだろう。
「だからダンスも踊りたくなかったのか……」
オディロンが呆れたように吐息をつき、言葉を吐き出した。
「もちろんです。きっと彼は、わたくしとの仲を周囲に見せつけたかったに違いありません。そして、わたくしの生涯の伴侶としてふさわしいのは、自分だと誇示したかったのでしょう」
「……なるほどな。そこで合点がいく」
オディロンは長い足を組み替え、ソファに深く背を預けた。さりげない動作だというのに、一つ一つの動きが洗練されていて、つい目で追ってしまうのが腹立たしい。
「リマンドの街に蛮族が現れただろう?」
そのためオディロンは、街を守るために第一師団を率いて赴いたはず。
「いくら蛮族とはいえ、この時期に何もない街を襲う理由がわからない」
蛮族の彼らが欲するのは、食料、金、女だろう。リマンドの街は西の国境にあり、過去にも戦火に飲まれることがたびたびあった。だからそのため決して裕福とは言えない街。その街を捨て、他へ移住する者も多いと聞く。
それでも、そこに根を張る人々は土地への愛着から離れられずにいた。
そもそもリマンドの街はコソラ辺境伯が治める領地内にある。私兵が禁じられるこの国だが、辺境だけは国防という観点から例外だった。こういった蛮族からの襲来に備えて私兵団を持つというのに、なぜか第一師団が蛮族討伐を命じられたというわけだ。
国王からの命令であれば、オディロンだって逆らえない。
「こう言うのもなんだが……今の陛下は、アルマスの言いなりだろう?」
エメリーネもそれを否定する気はない。見る者が見れば、明らかなその関係。
「宰相閣下は、昔から俺を敵視しているからな」
「そうは言いましても、ベルジュ公爵とアルマスだって年が離れているでしょう?」
親子ほども歳が離れていれば、敵視する理由もないのではないか。
だが、オディロンは薄く笑った。




