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16.

「失礼いたします。ベルジュ公爵が、エメリーネ王女にお目通りを願いたいと先触れを出してまいりましたが、いかがいたしましょうか」


 現れたのは城の文官で、言づてを伝えるのが彼の務めだ。青白い顔に緊張をにじませる彼のオーラは紫。となればアルマスの手は伸びていないと考えていい。


 だがオディロンがエメリーネに会いたいなど、いったい何があったのだろうか。それでも、断る理由はない。


「わかりました。お待ちしておりますと、伝えてくださる?」


 エメリーネの穏やかな声を聞いた文官は、ほっとしたように一礼して去っていく。


「ベルジュ公爵……いったい、どうしたのかしら?」


 その呟きを拾ったシーラが、くすっと笑って答える。


「エメリーネ様はパーティーで怪我をされましたよね? それのお見舞いではないでしょうか?」

「あぁ、これね? わたくしはいつまで杖をついて歩いたらいいと思う?」


 包帯が巻かれた足をぶらぶらと振って、エメリーネはシーラに尋ねた。


「私ではわかりかねます。侍医の判断によるのではないでしょうか? 安静にとのことですので、安静にしていれば早く治ると思うのですが……」

「そうよねぇ? わたくしは安静にしていたかったの。安静ついでにお礼状を書こうと思ったのに、わざわざ宝物庫に出向く羽目になるとは……それよりも」


 エメリーネはふと声を潜め、シーラの顔をじっと見つめた。先ほどのシーラの言葉が気になっていた。


「ところで、アルマスがわたくしの誕生日プレゼントを自分のものにしようとしていたって、それはどういうこと?」


 その問いに、シーラの瞳が一瞬、不安げに揺れた。彼女は唇を軽く噛み、言葉を選ぶように一呼吸置いた。

 エメリーネはそんなシーラの様子を逃さず、なおも言葉を続ける。


「先ほども言ったように、わたくしはあなたを信頼している。むしろ、アルマスが信用できない。いつの間にか我が物顔で、この城を掌握しようとしている気がするの……お母様が亡くなって、わたくしは外の世界から切り離されている気がする。誰も何も教えてくれないのよ? 次期王となるのに、おかしいでしょう?」


 一度不満を口にしてしまえば、それは止まらず、次から次へとあふれ出てくる。その声には怒りと不安が交じり合う。


「エメリーネ様……」

「だから、わたくしが知らないことは教えてほしいの。お礼状だって……いえ、これは……そう、パーティーでお母様のことを教えてくださった人がいるの。お母様は、お礼状を書くのが上手だったと。そのとき、プレゼントに対してお礼状を書くものだと知ったわ。そうでなかったら、プレゼントを贈った人に対して礼もできない高慢ちきな王女に成り下がっていたことでしょう」


 それがアルマスの狙いなのだ。そういった噂が流れ出た頃、彼は噂を消すために動き、他の者を味方に引き入れていく。そしてエメリーネをさらに孤立へと追い込むつもりなのだろう。


 そしてエメリーネが一人ぼっちになったところで、アルマスが手を差し出せば――。


 だが、今回はその手には乗らない。


 ささやかではあるが、贈り物に対する礼状も準備し、信頼できる者に預けて出してもらうつもりだ。アルマスに知られれば、途中で握りつぶされる可能性もある。となれば、確実に令状を届けてくれる人物が必要となる。


「わたくしではまだ力不足のところはあって、頼りないかもしれないけれど。それでもこの国に住んでいる人たちの暮らしをよりよくしたいという想いはあるのよ?」


 こうやって口にしてしまうと、恥ずかしい気もする。だが、シーラは真剣な眼差しをエメリーネに向けていた。その目尻がやわらぎ「わかりました」と答える。


「エメリーネ様。これは私、個人の考えです。それでもよろしいですか?」

「えぇ。何ごともいろんな意見を聞くのは必要よ?」


 その言葉にシーラも安堵したように、ほっとため息をつく。


「本来ならば、エメリーネ様に贈られたものは、エメリーネ様が管理します。宰相閣下が確認するのは目録のみであって、あのように現場で現品を確認することはありません。何よりも、宰相閣下は忙しい方ですから」


 つまりエメリーネの誕生日プレゼントを確認するよりも、彼にはもっと重要な役割があるはずだろうと、シーラはそう言いたいのだ。


 確かにアルマスが宝物庫で贈り物を物色していたのは不自然だ。国の腐敗を物語るようなもの。


「エメリーネ様もお気づきのように、今、この国は決して豊かではありません。だからといって、貧困というほどでもないのですが……。以前よりは貧しくなった、という表現のほうがわかりやすいでしょうか」


 つまり、国が腐敗する途中過程にあるというわけだ。だが、これが続けばこの国は貧困と混乱に陥る。それが五年後に待っている。


「先ほど、オウネル侯爵家の話をいたしましたが……私がそれを聞いたのは、エメリーネ様のパーティーのときで。ヨハンが、私に王城仕えを辞めるようにと言ってきたのです」


 やはり、エメリーネの読み通りだった。


「その場は、少し考えさせてほしいと返事をしましたが……父や母に相談しても、恐らくオウネル侯爵家の後ろには、宰相閣下がついているだろうと……つまり、閣下は私とエメリーネ様を引き離したいだけなのでは、と……」


 さすがラモン伯爵、力はないが洞察は鋭い。

 エメリーネは小さく頷き、シーラの言葉を促した。


「両親は、私の意思を尊重してくださいました。それって自分で選べということですよね」


 シーラの声はわずかに震えていた。

 婚約者かエメリーネか。どちらを選ぶか。決意と迷いが交錯する。


「でも、そのとき父が言っていたのです」


 そこでシーラの声色が変わった。まるで何か重い秘密を打ち明けるかのように、彼女の言葉は一層、慎重になる。


「どこの家も貧しくなったと感じているのに、なぜか宰相閣下は潤沢なのですって。だからオウネル侯爵家も援助を頼んだようで……」

「なるほど……だから、アルマスが王城の品を盗んで、お金に換えていると……そう考えているのね?」


 その問いに、シーラはこくりと頷くだけだった。


 だが、あのアルマスならやりかねない。今だって父王を堕落の世界へと引きずり込み、正常な判断を奪おうとしているのだから。


 いつからかわからないが、気がついたらすでにアルマスによる侵略は始まっていた。

 母が亡くなったのもアルマスの仕業だ。愛する者を失い、気落ちしている男であれば、洗脳しやすいと思ったに違いない。


「シーラ。言いにくいことを教えてくれてありがとう。あなたも知っているように、ここ一年でわたくしの環境はがらりと変わってしまったわ。だけど、あなたが側にいてくれてとれだけ救われたか……」


 そこでエメリーネは、シーラの手を取る。


「そこで、あなたにお願いがあるの」


 エメリーネの静かな依頼に、シーラはごくっと喉を鳴らした。



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